好きまでの距離


 保健室に行くまで弾んでた心が、帰りはなんだか言葉にできないモヤモヤが胸を渦巻いて教室に帰る足がなんだか少し重い。
 あゆくんのワントーン落ちた静かな声が頭の中でぐるぐるしてる。

 (あゆくん……何あるんだろう。でもたろうが聞くの……変だよね……)

 気になるけど、今はまだぼくが踏み込んではダメな気がした。

「たろう!早く――!」

 廊下でぼくのことを探してるクラスメートが階段から上がってきたぼくを見つけて大声で叫んでる。

 あゆくんのこと気になるけど、今は喫茶店に集中しなきゃ。頭を左右に振って考えを切り替える。

「ごめんねぇ――」

 廊下をダッシュして教室に戻る。
 
「パウンドケーキもうここにある分だけになった。これ全部売り切れたら今日はもう店じまいすることになったよ」
 
 トレーに入ってるパウンドケーキは大体30個ぐらい。
 
「わかった。すごいねぇ。こんなに売れるなんてねぇ」

 クラスメートとそんな風に話しながら少しだけ心配になる。

 (あゆくん……きてくれるかな。たろう考案のパウンドケーキこんだけしかない。間に合うかな)

 さっき、あゆくんのこと考えるのやめて集中!と自分に言い聞かせたのに、すぐあゆくんのことを考えてしまう。

 あゆくんなら来てくれるんじゃないか、そう思う期待とさっきの保健室の重たい空気が、来ないかもしれない不安で渦巻いてる。

 ぼくが戻ってきてからもお客さんは次々きて、パウンドケーキは残り10個になった。

「たろう。あとこれだけ売れば終わりだよ」
「あれ?なんかたろう浮かない顔してる?」
 
 みんなこんなに早く売り切れることになるなんて。と喜んでるのに、ぼくはあゆくんあと10個だよ。ぼく考案のパウンドケーキ無くなっちゃうよ。そんな風に頭の中であゆくんに話しかけてしまう。

「えぇ――そうかなぁ。たろうも喜んでるよぉ」

 あゆくんのことばっかり考えて反応がいつもより少し遅れてしまう。怪しまれないように、普段のぼくらしく振る舞う。

「やっぱりたろうおかしい。さっきからずっと入り口ちらちら見てる」

 そんなつもりはなかったけど、お客さんが入ってくるたびにあゆくんかな?と思って入り口を見てしまってた。

「だってほらぁ。早く終わったらその分自由に遊べんじゃ――ん。だからどんどんお客さん来ないかなぁ――と思ってみてただけだよぉ」

 そんな風に言って誤魔化す。

 そんな風に話してる間にもパウンドケーキはどんどん減って残り5個になった。

 (あっ……あと、5個しかない)

「いらっしゃいませ――。たろう――呼ばれてる」

 作業スペースで明日の準備をしてたら、僕の名前が呼ばれてる。
 何?と思って、囲いの横から顔だけを出す。

 入り口にいたのはあゆくん。
 あゆくんは、入り口でキョロキョロしてて所在なさげにしてる。
 手に持ってたラッピング道具を慌てて机におく。

「ちょ……たろう。急に手を離さないでよ。危ない」

 一緒に作業してた子にそんな風に言われてるけど謝る暇もなくあゆくんの元に走っていく。

「あゆくん」
「咲太郎きたよ。そんな慌てて走らなくてもいいのに」

 あゆくんはたろうの様子を見て、おかしそうに笑う。

 (あっ……良かった。最初に会った時のあゆくんの雰囲気だ。さっきの重たい雰囲気のあゆくんじゃない)

「すごい。フリルのエプロンも似合ってるね」

 あゆくんがぼくのエプロン姿をみて褒めてくれる。

「へへっ。ありがとぉ。女の子たちと一緒に着てみたの似合う?」

 あゆくんの様子に安心して少しだけおちゃらけて、エプロンの両端を摘んであゆくんに見せてみる。

「うん。似合ってる!咲太郎なんでも似合うね」
 
 (あっ……まただ)
 
 あゆくんに褒めてもらうと、胸がぎゅっとなる。

「たろう。知り合いなら席に座ってもらったら?」

 クラスメートからそう言われるまで、ぼくはあゆくんを入り口に立たせてたことすっかり忘れてた。


「あゆくんごめんねぇ。ご案内します!こちらにどーぞー」

 空いてる席にあゆくんを案内して座ってもらう。

「咲太郎考案のパウンドケーキはまだ食べれる?」
「もちろん!あと5個だったから、たろうもちょっとヒヤヒヤしてた」
「間に合って良かった。じゃあそれください」
「お任せください。用意してくるから少し待っててねぇ」

 あゆくんから注文を受けて、パウンドケーキの準備のためにあゆくんの側から離れてる。

「ねぇねぇ。あの綺麗で可愛いお兄さんたろうの知り合い?」

 作業スペースに戻ったら、興味津々な顔して寄ってくるクラスメート達。

「ないしょっ!」

 そう言って、あゆくんに食べてもらうパウンドケーキをトレーに載せてあゆくんの元に向かう。

 あれ?あゆくんなんか……ちょっとため息ついてる?

 ぼくが近づいてきてるのあゆくん分かって、あゆくんパッと笑顔になり手を振ってくれる。
 
「お待たせしましたぁー」

 あゆくんの前にパウンドケーキとオレンジジュースを置く。

「ありがとう。わぁ……すごいね。これ咲太郎が盛り付けもしてるの?」

 お皿にはパウンドケーキを真ん中に置いて生クリームを乗せてチョコペンで1-3♡を描いてる。

「あゆくんのはたろうがしたよぉ」
「すごい!これ写真撮ってもいい?」

 あゆくんがぼくの目を真っ直ぐに見て聞いてくれる。

 その目にまた、ぼくの心はぎゅっと掴まれたやつになって全身をむず痒さが駆け巡る。

 (まただ……。たろう、あゆくんに見つめられるとなんだか、少しおかしくなる)

「もちろんだよぉー。撮ってくれて嬉しい」

 体のおかしさを隠すようにバレないように普段の口調であゆくんに伝えてる。

 あゆくんが、隣の椅子に置いてたカバンの中からスマホを取り出した。
 
 スマホを見たあゆくんの指がほんの一瞬動きを止めて、迷った動きをしたように見えた……。

 すぐにすごい!と角度を変えて写真を撮ってぼくのことを褒めてくれた。

 写真を撮り終わったら、「いただきます」と手を合わせてぼく考案のパウンドケーキを食べてくれる。

 あゆくんの目の前に座って、あゆくんの反応を待つ。

 普段だったら、「美味しいよね?どう?」なんて騒ぎなら食べてもらうのに……。

 あゆくんの時は、なんでかそうできない。
 あゆくんの反応が気になるけど、少しだけ怖い。

 (美味しくなかったらどうしようて……)

 自信作だし、何回も試食もしたしみんなのにも食べてもらってるのに、心細い気持ちになる。

「うん。咲太郎美味しい!最高だよ!」

 あゆくんがぼくに親指を出して、ぐっの合図をしてくれる。

「良かったぁ――。たろう、あゆくんに美味しくないと思われたらどうしようってちょっぴり不安だった」
「なんで!すっごく美味しい!僕がこれまで食べたパウンドケーキの中で1番かも」

 (また……きた。たろうの体本当にどうしちゃったのて……)

 あゆくんがそう言ってくれた時、心臓がぎゅっと強く握りしめられて息ができないそんな感覚になってそっと胸を押さえる。

 その後もあゆくんは美味しいと言って完食してくれた。
 あゆくんは、ちょっとこれから後輩に挨拶してくるねと言って、そのまま教室を出て行った。

 教室から出ていく時も、ぼくに手を振ってニコニコしてくれてた。

 さっきの……スマホ見た時一瞬だけあゆくんの表情が胸にひっかかる。
 
 うまく言えないけど……なんだか胸がざわついた。