好きまでの距離


 目の前には、ほかほかと湯気が立ち上るハンバーグ。

「美味しそぉ——」

 目の前のあゆくんも目をキラキラさせて頷く。


 買い物の帰りに、そらくんに出会った。

 今日はあゆくんが、ぼくに春服のコーディネートをして欲しいと言ってくれて朝からテンションマックスだった。


 あの時までは。


「あれ?あゆむ?」


 その声に立ち止まったあゆくん。

 ぼくもあゆくんが立ち止まった視線の先をみた。

 (だぁ——れぇ?)

 あゆくんの大学のお友達?そんな風に呑気に考えてたら。

「そらくん」
 あゆくんがつぶやいた名前。


 (そらって言った……)
 (駅のあの人)

 あの時親しげにあゆくんの肩を触ってた男の人。あの時の光景が頭の中に浮かんでくる。

「ひゅっ」

 口から息が漏れた。


 そしたら……。
 隣からそっと温かい手の温もり。

 隣をみたら、視線はまっすぐそらくんをみてるのに、ぼくの手をしっかりと握ってくれてるあゆくん。


 (たろう、ここにいていいよって言われてるみたい)

 あゆくんが、そらくんじゃなくてぼくを選んでくれてる。

 そう感じて、ぼくもそっと手を握り返した。

 (うん。たろうはあゆくんの隣にずっといる)


 黙って2人の会話を聞く。

 なんとな——く、歴史を感じる2人の話ぶりに少しだけモヤモヤする。


 (たろう!しっかりしろ!今あゆくんの隣にいるのはたろうダロ!)

 自分で自分に喝を入れる。


 ぼくは隣のあゆくんじゃなくて、そらくんをじっと見つめてしまう。

 (あゆくんの特別だった人)

 (たろうと全然違う。あゆくんこの人の方がいいのかな)


 少しだけ大人びた雰囲気のその人を見るとまた心の中にモヤモヤとした白いものが生まれてくる。

 (たろう!ダメ!あゆくんはたろうと一緒!)
 右手の手の温もりが、ぼくの弱った心を励ましてくれる。


 そらくんはあゆくんのことをじっと見つめてる。
 
 (たろうのあゆくんをそんなに見つめないでぇ)
 (あげないもん!たろうのあゆくんだもん!)

 (あゆくんがそらくんがいいって言ってもたろう、ごねるもん!絶対いやって言うもん!)

 心の中で1人応戦する。


 あゆくんのことを変わったという、そらくん。
 それに嬉しそうに答えるあゆくん。

 (変わったからって、そらくんにはあゆくんあげないもんねぇ)
 (たろうのあゆくんだもん!たろうはぜっ——たいあゆくんを離さないもん!ずっと一緒にいるもん!)

 ぼくが心の中でそらくんと格闘してたらあゆくんがそらくんにつぶやいた声が聞こえた。
 

「そらくんのおかげなこと沢山あったよ。高校時代ありがとう」

 (あゆくん今高校時代って言った!?言ったよね?)

 1人でそらくんと心の中で戦ってたぼくの心にじんわりと光が差し込めてくる。

 (これってあゆくんの中ではもう過去だよね?今はたろうと一緒ってことだよね?)


 2人はそのまま挨拶をして別れた。

 (これって……終わりの挨拶ってこと?)
 (あゆくんはもう、そらくんのところ行かない?)

 少しだけ弱虫なぼくがぴょこんと顔を出してくる。


「咲太郎。ごめんね。急にびっくりしたよね」

 あゆくんがぼくの顔を見てそう言ってくれた。
 スッキリしてる顔したあゆくん。

 ぼくは、口を開きたいのになんて聞いていいのかわからなくて口を開いては閉じる。


「咲太郎の隣がぼくの居場所だよ?違う?」

 (今!あゆくん、たろうの隣が居場所って言った!)
 (言ったよね!あゆくんもたろうとずっと一緒のつもりなんだ)

 右手からじんわり伝わるあゆくんの体温。

 それがそのまま全身に駆け回る。

 みるみる元気になったぼく。


 そのまま話もしようと、ハンバーグ屋さんにやってきた。

 ハンバーグを食べながらぼくは考える。

 そらくんのこと……聞きたいけど……。
 でも。
 無理して聞かなくてもいいのかもしれない。


 (だってあゆくんはたろうを選んでくれてるもん)


「咲太郎」

 あゆくんが静かにお箸を置いて、ぼくの名前を呼んだ。
 あゆくんの真剣な表情にぼくもお箸を置く。

「さっきのがそらくん。咲太郎が駅で見た人だよ」

 あゆくんの目をまっすぐみる。


 (あゆくんの目揺れてない)

 そのことに心がホッとする。

「高校時代ずっと一緒にいたんだ。ぼく1人が怖くてそらくんに頼ってた。1人になるよりはいいって我慢もしたこともあった」

 ぽつり、ぽつりと話すあゆくん。

 でも視線はまっすぐにたろうの目を見てくれてる。

「そらくんとぼくはきっと合わなかったんだ。1人が嫌いってその理由でそらくんと一緒にいたんだから当然だよね。でもね、それに気がつけたのは咲太郎のおかげ。咲太郎といると1人の時間も怖くないし楽しいんだよ」

 ニコリと笑ってそう言うあゆくん。

「そーなのぉ?もう寂しくない?」

 ゆっくりと確認するように聞いてみる。

「うん。全く寂しくないよ。それにね」


 言葉を切るあゆくん。


 少しだけ沈黙が広がる。

 でも嫌な沈黙じゃない。

「1人でも咲太郎の存在を感じられるから。ぼく咲太郎で埋め尽くされてるよ」
 そう言って面白そうに笑うあゆくん。

 ぼくは首を傾げた。

「1人でもたろうを感じられるの?」

「うん。だってほら!アイコンは咲太郎が書いてくれたもの。イヌの小銭入れを見たら咲太郎を思い出すし、何よりこれ」

 そう言ってあゆくんはカバンを持ち上げた。

 チリン、チリン。
 いつもの音色の鈴。

「この音が聞こえると咲太郎がぼくを呼んでる声に聞こえるんだ」

 そう言って少しだけ恥ずかしそうに笑うあゆくん。


 ぼくは胸がいっぱいになる。
 話したいのに、言葉が出ない。


 両手で頬に手を当てる。


「ぴやぁぁぁぁぁ」

 そんな言葉しか出てこない。

 (あゆくんからすっごい愛の告白もらっちゃった)


「たろうも!たろうも!」

 ようやく少しだけ気持ちが落ち着いて言葉がするするとこぼれ落ちる。

「たろうもねぇ!ずっ——とあゆくんのこと考えてるの。もうねぇ——たろうはあゆくんナシじゃダメなのぉ」
「何してても、見ててもあゆくんのこと考えるんだよぉ」

 両手いっぱい広げてあゆくんに伝える。

 うん。と静かに笑ってくれるあゆくん。


「だから、そらくんのこと何も心配しなくていいんだよ。高校時代のいい思い出。それだけ」
 少しだけ遠くを見つめるあゆくんの目。


 (きっとあゆくんのとっていい過去になったんだ)

 ぼくの中でもストン。とその気持ちが落ちてきた。

「あゆくん良かったねぇ。いい思い出あって」
 そう言ってぼくも笑う。

「うん。そうだね。高校時代の楽しい思い出」

 ポツリとつぶやいたあゆくん。
 でもその声にもう寂しさは乗ってなかった。


「あゆくん」
 ぼくはあゆくんの名前を呼んだ。

 ん?と首を傾げてぼくを見てくれるあゆくん。

「これから先、ずっ——とたろうと楽しい思い出作っていこうねぇ」
 そう言ったらあゆくんが笑って頷いてくれた。


 (バイバイ。あゆくんの過去さん)