好きまでの距離


「みんなぁ――ごめんねぇ――」

 両手を合わせてごめんのポーズをしながら教室の中に走り込む。
 教室内は一気に喫茶店に仕上がり、後15分で開店できるようになっていた。

「たろう遅い!みんな待ってたんだからね」

 セーラー服を着て、フリルの白いエプロンをしたクラスメートが腰に手を当てて怒ってる。

「ごめんねぇ――。今から頑張るから許してぇ――」

 みんなにそう謝りながら、ぼくも急いでエプロンをつけて作業するスペースのエリアに入っていく。
 
「たろう。このパウンドケーキの盛り付けこれでいい?」
「たろう。在庫は調理室に置いてるけどあのままでいいよね?」

 ぼくの周りにわらわらとクラスメートが寄ってきて最終確認をする。

「うん。いいよぉ――。パウンドケーキも綺麗に焼けてるし美味しそう」
「たろう考案だから味も見た目もバッチリ。さすが」

 みんなで一口ずつ味見をしながら、そんな風に言ってもらえる。
 喫茶店の準備したり盛り付けの確認したりみんなと笑顔で話しながらも頭の中は違う。

 (あゆくん……。帰らないでいてくれるかな。たろうまだ話したい……)

 さっき出会ったあゆくんのことばかりが頭の中を駆け巡ってる。
 
 文化祭開始の校内放送が鳴る。クラスメートが廊下に喫茶店の看板を掲げてお客さんが来るのを待つ。
 
 呼び込み担当の子が連れてきてくれたお客様で、喫茶店はどんどん忙しくなる。
 
 ぼくも作業する手は止めないで動いてるけど、チラチラ時計を気にしてしまう。
 あれから1時間経ってる。

 (あゆくん……まだいてくれるかな?たろう……ちょっと遅いかな……)

 それがずっと気になってソワソワしてる。
 喫茶店は開店からずっとお客さんがたえなくて忙しくしてたけど、今この瞬間教室にお客さんがひと組みだけになった。

 (いまだ!)

「ごめんねぇ。たろうちょっと保健室に忘れ物してたの思い出した!ちょっと取ってくるね」
 
 誰かに呼び止められないように、一気にそのセリフだけを伝えてエプロンを外して教室を出る。
 
「ちょっと!たろう――」

 背中越しにぼくのことを呼んでる声が聞こえるけど、そんなの聞こえない。
 ぼくはあゆくんが帰ってないから、保健室からいなくなってないか、それが気になって仕方ない。

 はやる気持ちを押さえながら階段を駆け降りて、保健室に向かう。

 (そうだ……。あゆくんに、たろうが考案したパウンドケーキ食べてもらおう)

 走りながら頭の中でそんなことを考える。

 今回のパウンドケーキは、家で何回も試作した自信作。
 さっきまではみんなに食べてもらって喜んでもらいたいと思ってた。
 でも今はもう、あゆくんに食べてもらいたい。

「おいしい」って言ってもらいたい。

 駆け足で保健室まできたから少しだけ呼吸が乱れてる。
 なんでか分からないけど、急いできたことをあゆくんに知られたくなくて保健室のドアの前に1回立ち止まって呼吸を整える。

 朝とは違って、あゆくんを驚かせないように。もし、いなかったらどうしようって気持ちも重なってドアをノックするのも忘れてそっとドアを開ける。

 (あれ?なんだか……空気が違う)

 どう表現していいのか分からないけど、なんとなく重たい空気が保健室を包んでる気がする。

 ゆーちゃんがあゆくんの顔を見て、小さく息を吐いたのが見えた。

 (なに?どうしたの?)

 なんとなく、ぼくが入ったら行けないんじゃないか。
 そんな空気を感じてドアを開けたまま立ち止まってしまった。

 ゆーちゃんの顔少し怒ってる気がする。
「何またドタキャン?」
「……うん。朝は一緒に行くって……でも来なくて、今は友達と遊びに行くって……文化祭来ないって」

 (えっ……なに今の会話?)

 ぼくここにいていいのかな?そう思ってたら、あゆくんがぼくに気がついた。

「咲太郎!教室の方はいいの?」

 ぼくに気がついて、保健室のテーブルに座ってたあゆくんが立ち上がってぼくの方に歩いて来てくれた。

「太郎くんのクラスは喫茶店だったよね?」
 ゆーちゃんもぼくに気がついて、そう聞いてくる。

 (あっ……さっきの重い空気じゃなくなった。たろうなにも聞いてないようにした方がいいのかも……)

 2人の雰囲気が切り替わったから、ぼくもさっきの話を聞いたことは言わずに2人の雰囲気に話を合わせた。
 
「そーなのぉ。喫茶店でたろう考案のパウンドケーキがあるんだよぉ」

 なんとなく……あの重たい雰囲気を消した方がいい気がしていつもよりも明るくギャルぽく振る舞う。

「咲太郎お菓子も作るの?」
 あゆくんがびっくりした顔してぼくのことを見てる。
 
「そーなのぉ。あゆくんにも食べて欲しいからぜひたろうのクラスにきてぇー1年3組だよぉ」

 良かった。自然にあゆくんを誘えた。

「わぁ。すごいね。わかった後で行くね」

 あゆくんがぼくの目を見ながらそう約束してくれた。

「うん。待ってるねぇ――。やばやば。たろう抜け出してきてるからちょっと戻るねぇ」

 なんとなく今、ぼくがここに長居しちゃいけない。そんな気がして、慌てて帰るふりをして保健室を出た。

 (さっきの……あの空気……なんだったんだろ)

 クラスに戻りながら、あの雰囲気とゆーちゃんの視線と息を吐いた仕草が気になった。

 (あゆくん……誰かと一緒に来る予定だったのかな……)

 気になるけど、なんとなくそれはまだ今は聞いちゃいけない。そんな気がした。

 さっきまで頭の奥でちいさく鳴ってた名前が、少しだけ遠くなった気がした。