好きまでの距離

「よし!できたよぉ――!これでどう?」
 セーラー服にギャルメイクを仕上げて、ぼくは鏡をのぞいた。
  周りの子達も口々に似合う!ギャルなってるなんて言ってくれてる。
「よしっ。じゃあみんなもうギャルメイク終わったぁ?たろう、ちょっとゆーちゃんにギャルメイクとこの女装見せてくるねん」
 そう言って手のひらをふりふりして教室を出る。背後から「たろう!30分後には帰ってきてね!」の声が聞こえる。他のクラスも出し物の最終確認をしてるざわついてる中で階段を降りて、そのまま保健室に向かう。
 
 今日は、文化祭の日。
 ぼくのクラスはセーラー服でギャルメイクをして喫茶店。
 ぼくは、絶対それ面白いじゃん!そう思って「たろうもセーラー服着てギャルメイクするぅ」そう言って手を上げた。
 
 みんな、ぼくがネイルもメイクも好きなの知ってるから反対もされなかったし、反対にそれなら『みんなのギャルメイクはぼくにしてもらおう』そんな風に言われてさっきまでみんなをギャルにしてた。
 
 廊下の窓に映るぼくはバッチリとギャルになってる。

 自分のメイクに満足してにっこりと笑顔になる。早くゆーちゃんに見せて褒めてもらぉー。
 そん思ったら保健室に行くスピードも少しだけ早くなる。

 ゆーちゃんは保健室の先生だけど、ぼく的には心友(しんゆう)みたいなものだと思ってる。
 
 ゆーちゃんはたろうがネイルやメイクが好きでも絶対に男のくせになんて言わないし、頭ごなしに怒鳴りつけることもない。
 ゆーちゃんは、優しい。でも、なんでも肯定する人じゃない。
 優しさの中に厳しさもある。だから、たろうはゆーちゃんが好きで信頼してる。

 普段はノックするけど、今日はゆーちゃんを驚かせよう、そう思ってノックをせずにいきなりドアを開ける。

「ゆーちゃん見てぇー!どぉ?」

 ギャルピースをしてノリノリでポーズを取って入り口に立ってみる。
 
「おぉ、太郎君。可愛いね」

 ぱちぱちと拍手されて、ぼくはよし!見せにきた甲斐があったと満足してた。

 ちょっとだけ時間あるし、中に入ってゆーちゃんとちょっと話していこう。
 
 そう思って保健室の中に足を踏み入れた。

 その瞬間……。
  


 ゆーちゃんの隣に目を大きく見開いてびっくりした顔をしてるお兄さんがいた。

(お兄さんだぁ――れぇ?)


 ぱっちりした目をぱちぱちとさせてる。

 優しい雰囲気を纏ってるお兄さんにぼくはなんでか目がそらせなくなった。

 ぼくは、お兄さんから目が逸らせなくて、その場から動けなくなった。

(たろうどうしちゃったんだろう……)

 お兄さんから目をそらしたくない、そんな気持ちになってることに自分でも驚いてる。

「太郎君?入っておいで?」

 ゆーちゃんの声で、そうだまだ保健室の入り口だった。そう思って慌てて中に入る。

 お兄さんもぼくのことみてるし、ぼくもお兄さんから目が離せない。
 
「太郎君のクラスは喫茶店だっけ?」

「そぉーなのぉ。たろう、女装したのぉ。似合う?」

 ゆーちゃんの声でようやくぼくはお兄さんから目を外してゆーちゃんの顔を見る。
 そのままスカートを少し広げて見せると、ゆーちゃんが笑ってくれた。

 ぼくのその様子を見ていた、お兄さんもゆーちゃんにつられたのか、ゆーちゃんの隣で小さく笑ってくれてる。

 (あっ……こんな可愛い笑顔で笑うんだ……)

 ぼくはお兄さんの笑顔を見てそんな感想を抱いた。そして胸がなんでか少しだけ息がしにくくなった気がした。
 
 ぼく普段なら明るくギャルぽく話せるのに、どうしたんだろう。お兄さんを見てからいつもの調子が出てない。

「ゆーちゃん、この可愛いお兄さんはだぁーれぇ?」

 お兄さんのことが気になって知りたくなって、ゆーちゃんに聞いた。

 ゆーちゃんはあぁそうだったの顔をして、お兄さんのことを紹介してくれた。

「あぁ、あゆむ。去年の卒業生だよ」

「あゆむサン?よろしくぅー!」

 ぼくはようやくいつもの調子を取り戻してきて、お兄さんにギャルピースをして挨拶をした。

 お兄さんはぼくのそんな姿や様子に驚くこともなく、自然な感じでぼくのことを見てくれる。
 真っ直ぐ目をそらさずにぼくのことを見てくれてる。

「初めまして。あゆむです」

 お兄さんの声、初めて聞けた。
 お兄さんが話してくれたことが嬉しくてまた胸がとくんっと鳴って思わず胸を押さえた。

 お兄さんが一歩だけ、ぼくに近づいてきてくれた。
 
 (あっ……お兄さんが近くなった……たろうのこの格好見ても全然嫌な顔してないて……)

「すごいね。これ全部自分でやったの?」
 
 お兄さんは大きい目をキラキラさせて顔に興味津々と書いてある。
 少しだけ弾んだ声でぼくに話しかけてくれた。

 (あっ……お兄さん、たろうのこと格好みても、メイク見ても何も言わない……)

 ぼくのこんな格好やメイク、ネイルしてる姿を見たら
 『わぁ。見ろよ。男のくせにネイルしてる気持ち悪い』そうやって指さされた記憶が一瞬頭の中を掠めた。

 でも、このお兄さんは違うみたい。全然ぼくに対して嫌な感情を持ってなさそうなのが声からもわかる。

「そぉーなのぉ。ぜんぶたろうがしたのぉ」

 このお兄さんなら話を聞いてくれるかも?そんな少しの期待を込めてお兄さんに聞いてみる。
「お兄さん、興味あるぅ?」

 お兄さんがなんて答えるんだろう。知りたいような知りたくないような変な緊張で胸がドキドキしてる。
 お兄さんにもう一歩近づきたいのになんでか、近づけない。
 
「うん。僕不器用だからすごいなって思って。興味あるよ。どうやってるの?」
 お兄さんがそんな風に言ってくれたから、ぼくも嬉しくなって初めてぼくからお兄さんの方に近寄るために少しだけ歩みを進めた。

 (あっ……やっぱりお兄さん、たろうが近づいても絶対嫌そうじゃない)

 そう思ったら少しだけ、自信がついてお兄さんにメイルとネイルのことを説明してみる。

 お兄さんは説明するたび、びっくりした顔したり驚いた顔したら色んな表情を見せてくれる。

「すごいね。器用なんだね」
 
 そんな風に褒めてくれて、ぼくは嬉しいやら誇らしいやらなんだかすぐずったい気持ちになる。

 (なんでだろう?他の人に褒められるよりお兄さんに褒められる方が嬉しい……)

 お兄さんに褒めてもらえるのが嬉しくて、お兄さんにぼくのとっておきを見せる。
 
「お兄さん見てぇー。この爪もたろうがやったの」

 両手をお兄さんの前に出して見せる。

 お兄さんさっきよりも目をまんまるくしてびっくりした顔してる。

 (お兄さん……可愛い顔してる。あっ、まつ毛長いんだ……)

 お兄さんがぼくのネイルを見てる間、ぼくはお兄さんの顔をじっと眺めてそんな感想を抱いた。

「え、すごい……これ全部したの?」
「そーなのぉ。親指には猫ちゃん書いてるんだよぉ。見てぇ」

 親指だけを立ててお兄さんが見えやすいようにする。

「すごい!これすごいよ!こんなの描けちゃうんだね。僕こんな素敵なの見たことないからすごいし感動しちゃう」

 お兄さん、本当にびっくりした顔で驚いてくれてる。
 その様子が嬉しくなって普段は出ない本音がちらっと顔を覗かせてくる。

「へへっ。お兄さんありがとうぉ。たろうメイクやネイルが大好きなんだけど、男のくせにとか言われること多いからお兄さんみたいに褒められたら嬉しい」

 (あっ……こんな風に本音を初対面の人に話したの初めてかも……)

 ぼくがそう言ったら、それまでニコニコしてた優しい顔したお兄さんの顔が一気に真顔になった。

「男だからとかそんなの関係ない」

 お兄さんは静かにでも力強くそう言ってくれた。
 お兄さんの顔は真剣で嘘を言ってる様子は全く感じられなかった。
 ぼくは嬉しいのと照れた気持ちが重なってどんな態度を取ればいいのかわからなくなった。
 
「へへっ。ありがとぉ。そんな風に言ってくれて嬉しい」
 少しだけおどけたように返事をしてしまう。
 
「自分の好きに素直な人って、かっこいいと思うし、僕はすごいと思うよ」
 お兄さんが真剣に一言一言力を込めて言ってくれる。

 その瞬間、ぼくの胸の奥が変な音を立てた。
 さっきのとくんっとは違う。
 初めて感じた、ドキドキとも違う胸の奥がぎゅっと掴まれたみたいに苦しくなった。

(なにこれ……たろうのお胸さんどうしちゃったの)

(たろうのお胸さんがおかしくなってる)

 ぼくは言葉を発したいのに、お兄さんにありがとうとそう言いたいのに胸が詰まって言葉が出ない。

「そういえば、名前聞いてなかったね。名前を聞いてもいい?」
 お兄さんからそう話しかけられた。

 (お兄さん、たろうの名前を知りたいと思ってくれてるの?たろうに興味あるの?)

 そう思ったら、さっきとはまた違うの胸のドキドキが始まった。

「たろうは、咲きほこる太郎と書いて、咲太郎といいまぁーす。たろうと呼んでいいよぉ」

 胸のドキドキを誤魔化すように、いつものぼくの雰囲気で少しだけおちゃらけたように言ってみる。

「咲太郎くんって呼んでいい?」
 お兄さんが静かに笑いながらぼくに聞いてくる。
「たろうでいいよぉ。咲太郎って呼びにくいでしょぉ。みんなたろうって呼ぶからそれでいいよぉ」

 咲太郎はパパとママが生まれた時に、ニコニコ笑って笑顔が可愛かったから、みんなを笑顔にできる明るい子にという意味でつけてくれた。
 ぼくはこの名前が大好きだけど、小学校の頃に『咲太郎の咲って女みたい。だから女みたいにネイルとか好きなんだを男のくせに気持ち悪りぃ』そんな風に言われたことがあるから、大事な名前をバカにされたくなくてそれ以来たろうと呼んでそんな風に言って誤魔化していた。


「なんで?咲太郎って名前、いい名前だよね。咲太郎君が嫌じゃなければ咲太郎君と呼ばせてほしいな」

 お兄さんに迷いもなくそう言われて、ぼくは一瞬、息の仕方を忘れた。

「あっ……じゃあ、咲太郎と呼んで」
 それをいうのが精一杯だった。

「わかった。咲太郎ね!」

 お兄さんには内緒だけど、ぼくは昔からぼくが一番大好きな人に咲太郎と呼んで欲しいと思ってた。
 でもずっとそう呼んで欲しいと思える人いなかったけど、お兄さんには咲太郎と呼んで欲しいとそう思った。

 お兄さんが名前を呼んでくれた。

 ぼくの名前。なんでか、その響きが頭の中に残る。

 1回じゃ足りなくて、何度も思い出してしまう。

 胸の奥が、じんわり熱い。

 思わず、胸を押さえた。

 もう一度、お兄さんが呼んでくれたあの瞬間を思い浮かべる。

 それだけで、また胸が痛くなった。