キミトノミライ

あの日から私は頻繁に鶴樹さんのいるカフェゆるりに足を運ぶようになった。特に金曜日。放課後一回家に帰ってから、お母さんやお姉ちゃんにばれないように九時ごろこっそり家を飛び出す。これがいつの間にかルーティーンになっていた。
「こんばんはー」
「お彩弥華ちゃんいらっしゃい。いつものメロンソーダでええ?」
「はいお願いします」
店内をくるくる見回していると、運ばれてきたのはメロンソーダとパンケーキだった。
「私パンケーキ頼んでませんよ?」
「ん?サービスに決まっとるやんか。今週も1週間よく頑張りましたっていうご褒美!!」
「子ども扱いしないでください。これでも高2ですよ」
「そんなん知っとるって。でも僕から見たらまだまだ子供やから」
「3歳しか変わりません」
「成人と未成年では全然ちゃうよ。僕はお酒飲める大人やから」
そう言って鶴樹さんはケラケラと笑う。違う。今日来たのはこんなことを話すためじゃない。
「鶴樹さんって文系理系どっちですか?」
彼は驚いたようにこちらを向く。
「急にどうしたん?理系やけど」
「何学部ですか?」
「理学部の化学科ってとこやよ」
「そうなんですね」
「彩弥華ちゃんマジでどうしたん?こわいこわい」
「理学部ってことは理系科目得意ですよね」
「んーまあそれなりには?少なくとも文系科目よりはね。あでも一番得意なんは英語なんよね」
「あのお願いなんですけど、勉強を教えてほしくて、、、」
「勉強?僕でいいんやったら全然教えるよ」
「ホントですか。助かります」
「彩弥華ちゃんって理系なん?」
「はい、一応」
「なんで理系にしたん?」
「将来やりたいこともないんでとりあえず理系かなって思って」
「ふーん、何選択?」
「生物化学です」
「そこは物理じゃないんや」
「物理か生物だったらまだ生物のほうが興味あるんで」
「なるほどね。ちなみに僕も生物選択。気が合うね」
「でも化学科ってことは化学のほうが得意ってことですよね?」
「気が合うってとこはスルーかい!あーまぁね。生物は好きやから取ったって感じやったし」
「私何か1つでいいから得意科目を作りたくて。でも数学は好きじゃないんで、化学か生物かなと」
「それやったら僕は化学をおすすめするよ」
「どうしてですか?」
「僕が好きやから」
「小学生みたいなこと言わないでください。質問の答えになってません」
そう言って睨んでみた。
「冗談やって。正直なところ、生物は覚えること多いし、ちゃんと理解してないと問題解けやんからむずいと思う」
「じゃあ化学ですね」
「よっしゃー、化学のことなら任せとき!!」
そう言って彼はガッツポーズをする。
「はあ、」
「どうしたん」
「やっぱ私って何のために生きてるんだろうって」
「それは僕と出会うためやって!!」
「そういうのいらないんで」
「いや今の結構本気で言ったんやけど。僕は彩弥華ちゃんに出会えてよかったと思ってるよ。こうやってお話しするの楽しいし」
すごい笑顔で言ってくる。そんなこと急に言わないでほしい。一年たつ前に心臓がもたず死にそう。
「あれ?もしかして照れてるん?」
「そ、そんなことないです」
「いやいや絶対照れてるやん。かわえーな」
「うるさいです」
結構強めに睨んでみたけど、鶴樹さんはそんなこと気にせずケラケラ笑ってる。
「じゃあ次からここ来るときは教材持っといで。あ、そうそう連絡先知らんやんか。交換しよーや」
そういえばそうだった。勉強教えてもらうんだったら知っておいたほうが便利か。いつでも聞けるし。
「わかりました」
そう言ってQRコードを差し出す。お。追加されたみたい。つるぎってこんな漢字なんだ。普通に剣かと思ってた。
「よしできたできた。あやかって漢字三文字なん!?なんか強そう」
その言葉に少し笑ってしまう。
「どうしたん?なんで笑ってるん?」
「いや私も今、つるぎってこんな漢字なんだって思ってたとこだったんで」
「え?マジで!?やっぱ僕ら気が合うわー」
「それはどうかわかりませんけど」
私の言葉に鶴樹さんは不機嫌そうな表情を浮かべてる。なんか私悪いこと言った?
「そんな僕と気合うの嫌かー?」
なんだ、そこ気にしてたんだ。
「別にそんなことは言ってません」
「いや彩弥華ちゃん言ってるようなもんやって」
「あの、年上なんで呼び捨てで大丈夫です。彩弥華ちゃんって長いし」
「あ、そう?じゃあ遠慮なく呼び捨てにするわー。彩弥華も僕のこと好きに呼んでくれてええで」
「いえ、鶴樹さんのままで結構です」
「えーなんでなん。なんか心の距離感じるわ」
違う呼び方で呼んでくれへんのー?とでも言いたそうに、子犬のような目で見つめてくる。いや子供か。
「わかりました。わかりましたから。何て呼べばいいんですか」
「なんでもええ」
「じゃあ鶴樹さ、」
「それ以外!!」
食い気味で遮ってくる。
「つるさんとかは、、、」
「さんってやめてや。くん!!」
注文が多い。料理店か。
「じゃあつるくんで」
「おーいいねいいね。それでいこう」
さっきまでの悲しそうな顔はどこへやら。一瞬でご機嫌になった。マジでこの人分かりやすすぎるでしょ。
「つるくん、いつ勉強教えてくれます?」
「いつでもええよ。僕は大学の授業がある昼間以外は基本ここにおるから」
「つるくん前私のこと暇そうとか言ってましたけど、つるくんだって暇なんじゃないですか?」
「暇じゃないって。ここで働いてるんやから。彩弥華忘れて編?僕店長やで」
そうだった。このひとこう見えてここの店長だった。
「あの、ずっと気になってたんですけど、つるくんの他に店員さんいないんですか?」
「あー大学の友達がおるにはおるけど。基本的には僕一人やな。人件費削減!!ってとこかな」
「じゃあお店の定休日はいつですか?」
「それは店長の気まぐれ」
なんだそれ。自由すぎるってこの人。そりゃ人雇っちゃだめだ。
「明日はやってるんですか?」
「んー明日?どうしよっかなー。勉強するんやったら全然休みにするよ」
「いやわざわざ休みにしていただくのは、お客さんにも迷惑ですし、、、」
「大丈夫やって。お客さんなんて普段ほとんど来やへんから」
そう言われてみると、ここ何回か来てるけど、私とつるくん以外の人見たことないかも。
「じゃあ明日勉強教えてくれます?」
「全然ええでー」
「よろしくお願いします。化学のワーク持ってきます」
「楽しみにしてるわー。って今から帰るん?」
「はい、そのつもりですけど」
「あぶな。一人で帰すとこやったやん。送ってくわ」
ここで断ったところでつるくんは折れない。
「よろしくお願いします、、、」
10分後到着。
「じゃ、彩弥華また明日なー」
「はい、お願いしますね」
手を振って帰っていくつるくんの車が右折して見えなくなるまで見送ってから、家に入った。