伝えるには言葉しかないだろ


・【06 会話と練習と】


 最近、昼休みは晴れていれば校庭に出るようにしている。
 その理由は真梨子のこれだ。
「ぶしゃぁぁぺらぺぺぺぺぺぺぇぇぇぇえええええ!」
 ツバのガトリング銃……じゃなくて、ヒューマンビートボックスの練習のせいだ。
 いやまあツバのガトリング銃が原因なんだけども。
 床が地面ならば拭く必要が無いから。
「びぶべべべべべべべべぺぺぺぺぺぇぇぇええええええええ!」
 ……俺は一つ気になることを言ってみた。
「何で、そんなに一気に飛ばそうとするんだ? ヒューマンビートボックスならリズミカルに破裂音を出すんじゃないか?」
 すると真梨子はやるせない笑顔を作りながらこう言った。
「そうしようとしているつもりなんだ……」
 俺はヒューマンビートボックスの先生じゃないから正しい教え方は分からないが、これぐらいのことは言える。
「最初の唇に力を入れ過ぎているだろ」
「でもそうしないと破裂音が出ないじゃん」
「とりあえずさ、ブーツカットって連続で言ってみないか?」
 俺の急な台詞に不思議だなぁといったような表情をする真梨子は、
「ブーツカットって、ジーンズとかの型のこと?」
「まあ確かにそうなんだけども、とりあえずブーツカットって連続で言ってみて」
 真梨子は何とも言えない微妙な顔でこう言った。
「どうせなら、もっとえっちな言葉言わせたら?」
 いや!
「そういうセクハラじみたことじゃなくて! とりあえず言ってみろって!」
「分かりました……ブーツカット、ブーツカット、ブーツカット、ブーツカット、ブーツカット」
「そのブーツカットを、言葉の母音を抜くように、子音だけで発音していくんだ」
「ブーツカット、ブーツカット、ブッツカット、ブッツカット、ブッツッカットッブッツッカットッブッツッカットッ……! ちょっと! ダロさん!」
 真梨子は嬉しそうに叫んだ。
 やっぱりそうだ。
「オマエはヒューマンビートボックスをやってやろうという気合いが強すぎたんだよ、こうやって言葉から母音を抜くことによってそれっぽい感覚を掴むことが出来るんだ。ちなみに同様に戸塚区(とつかく)とかもあるからいろいろ練習するといいぞ」
 つらつらと説明する俺に真梨子は強く拳を握りながら声を張り上げた。
「何で教え方知ってたんですかぁっ!」
 そう言ってから、今度は俺の肩を掴み、ぐらぐら揺らしてきた真梨子。
 いやいや、あの、力が強くて、揺れて、酔う……。
 そんな俺の、気持ち悪くなっている表情を見て気付いたのだろう。
 真梨子は俺の肩から手を離して、
「何でですかぁっ!」
 改めてデカい声出すんかい。
 いや、
「普通に調べたんだよ、最初のヒューマンビートボックスのやり方を」
 というか真梨子、自分で調べるという発想は無いのか? とか思っていると、真梨子は妙にうっとりした表情で、
「もしかすると、私のために調べてくれたんですか……」
「当たり前だろ、オマエ以外のために調べることなんてねぇよ」
 と普通に言ったつもりだったんだが、真梨子は今にも嬉し泣きしそうに瞳を潤ませて、俺のほうをじっと見ていた。
 こういうリアクションは何か困るな、と思って、俺は真梨子に背を向けてから、
「とにかく、最初からすごいヤツを真似するんじゃなくて、地に足を付けてゆっくりやっていけばいいんじゃねぇの?」
 と言ったところで、何だか急に背中が温かくなって何だろうと思った刹那、何か良い香りもしてきて本当に何だと思った時に気付いた。
「いや抱きついてくるなよ! 真梨子! こんなん普通だろ!」
 俺は急いで前に三歩前進し、振り返った。
 すると、そこには心まで温かいといったような表情でニッコリと優しく微笑む真梨子がいた。
 俺は何を言えばいいか迷っていると、真梨子が、
「ダロさんには助けられてばっかりだなぁ」
 とポツリと呟いた。
 いやそうでもねぇよ、こっちだって、と思った時点で思考を停止させた。
 これ以上、真梨子に情が沸いてもしょうがないから。
 というかこうやって守りたい存在が出来てしまうと、そこを狙われることもあるから。
 いやまあ真梨子は運動神経抜群らしいし、すぐ転校するって話だから、悪いことにはならないかもしれないが、不意を突くという言葉もあるからな。
 ……って、全然思考停止出来ていない。
 ずっと真梨子のことばかり考えてしまっている。
 全く、全然普通じゃない。
 俺は耳の上あたりをポリポリかいていると、真梨子が、
「そんな困った顔しないでください、ダロさんは笑った顔が一番良いですよっ」
 と明るく言った。
 笑った顔か、そんなこと言われたこと無かった。
 ずっと顔が怖い、いつも怒ってるの? とか言われ続けたから。
 真梨子は続ける。
「だからそうですね、ダロさんの笑った顔をつくる工場でも建築しましょうか」
「いや俺、工業製品じゃねぇから」
「東南アジアの一角で」
「海外に受注するんじゃねぇよ」
 そうツッコむと、真梨子が怒涛のボケを開始した。
「暖かいところで作りましょう、バナナのように作りましょう」
「プランテーション農業みたいにするな、俺の笑顔作りを」
「そしてダロさんの笑顔を網に入れて焼酎も入れたら、カブトムシが寄ってくるエサの完成ですね」
「もう完全にバナナの話だろ、というか俺の笑顔を網に入れて焼酎を入れるな」
 真梨子は一度こうなると止まらない。
 さすが元々はお笑いをするって言っていたヤツだ。
「クワガタも寄ってきて、ダロさんの笑顔の鼻をクワガタがつまむかもしれませんね」
「じゃあもう痛くてすぐに泣き顔になるだろ、笑顔はもう二度としなくなるだろ」
「でも大丈夫、私がそのクワガタやカブトムシを手に入れて売りますんで」
「やったね、高く売れて良かったね、笑顔、じゃねぇんだよ、絶対笑顔にならねぇからな。というか急に何の話!」
 俺が強めにツッコむと、真梨子は楽しそうに笑いながら、
「やっぱりダロさんはこうやってボケ・ツッコミの会話をしている時のほうが良い顔していますよ! 本当に、芯から一緒に漫才やりましょう!」
「いや漫才は絶対やらないけども、何で真梨子は俺と漫才をしたがるんだよ」
 そう俺が普通に聞くと、真梨子は満を持してみたいな表情をしながら、こう言った。
「私考えたんですよ! イジメを無くすためにラップってカッコイイんですけども、それは陰(いん)のやり方だと思うんです! そう! ラップは韻だけに! タハッ!」
 真梨子はこういうボケてやるぞ、と思ってボケる時、全然面白くないな。
 ヒューマンビートボックスもお笑いも力み過ぎだろ。
 真梨子は続ける。
「対する私のお笑いは陽のやり方! みんなを笑わせてイジメを無くす方法です! だからその両方が出来たら最強じゃないですか!」
「まあなんとなく理論は分かったけども、俺にお笑い的なセンスが無いんだよな」
「いいえ! ダロさんのツッコミは良いモノ持ってます! ボケ・ツッコミの会話をしている時、本当に良い顔しています!」
 ……そうなのか?
 俺の深層心理ではボケ・ツッコミしたいということなのか?
 分からない、なんせ自分の顔は自分で見ることが出来ないから。
 でも自分の心は自分しか見れなくて。
 そして見た自分の心は、そんなに悪くないみたいな心になっていて。
 いやまあそりゃそうか、常にイジメを無くそうと考えている心よりも、こうやって会話している心のほうが楽しいか。
 だから、
「まあ別に嫌じゃないけどな、真梨子との会話は」
 自分の出た言葉が、何か、素直じゃないなと心の中で、自分で、ツッコんでしまった。
 いやでも何かこう喜びを表すことって苦手なんだよな。
 でももし、でももし。
 真梨子のヒューマンビートボックスが上手くいくようになった時、努力で変えられると分かった時、俺もこの苦手をどうにかしないとダメなのかもな、いやでもお笑いをやるのはセルアウト過ぎてダサいけども、と思いながら、真梨子のほうを見ると、真梨子が俺に笑顔を向けていた。
 時折思う。
 何故かその笑顔が刹那的に見えてしまう時があるのか、と。
 俺はこういうことをしているから、人の機微が表情で分かるほうなのだが、何だか真梨子は、どこか無理をしているような面持ちをしている時がある。
「あんま無理してボケんなよ」
 と直球ながらカマを掛けてみると、とっさのことで何か驚いたのか真梨子は、
「無理とかしてないよぉぉおおおおぉぉぉおおおおおおおおお!」
 とデカい声を出した。
 相変わらず何か分かりやすいというかなんというか。
 間違いなく何か無理しているところがあるのは確定だ。
 でもその何かはさすがに分からない。
 真梨子に何か変化は無いか、ちょっと考えてみる。
 そう言えば今日は一段と痩せているような気がする。
 でも体重ってそんな一気に変わったりするか? ただし単純に体型の話をするのはどう考えても今の時代はご法度だ。聞くことは出来ない。
 余命とかそういうことじゃないよな、と一回思ったことが脳内をよぎるがそんなことは冗談でも考えたくない。
 まあ喋りは普通だし、あんま考えてもしょうがないし、何か悩みがあればきっと言うだろうし、気にしないことにした。
 真梨子だって伝えるには言葉しかないってことは重々承知しているだろうし。俺の格言だからな。覚えているはずだ。
 天気も晴れからいつの間にか曇りに変わってきたので、
「真梨子、教室へ戻るか」
「雨ヒューマンビートボックスもカッコイイと思うのに」
「これからまだ授業だろ」
 そんな会話をしながら、中庭から校舎の中へ戻っていった。
 一緒に並んでいる歩いている時、真梨子が強くて深い咳をして、ヘッドバンキングくらい頭を揺らして大丈夫か? と思いながら見たら、何か真梨子のポニーテールの位置がズレているように見えて、ポニーテールって咳で位置がズレたりすんのかな?
 俯いて考えて、再度真梨子のほうを見たら、元に戻っていて、俺の見間違いだったらしい。良かった。やっぱりそんなことって無いよな。