伝えるには言葉しかないだろ


・【03 隣のクラスの真梨子】


 実は真梨子は隣のクラスの生徒だった。
 朝のホームルームのチャイムが鳴るまで、俺のクラスの教室にずっといて、話すようになってしまった。
 今日も真梨子はどうでもいい質問をぶつけてくる。
「ダロさんって、何か好きな黒板消しありますかっ?」
「黒板消し限定っ? 範囲狭すぎだろ」
 こんな風に真梨子は他愛も無いばかりか、意味も無いようなことを聞いてくる。
 俺と真梨子の会話を聞いたクラスメイトは『漫才でもやってるの?』と聞いてきて、真梨子は『イチャイチャしてるの!』と答えていた。
 『いやそういう関係じゃないから』とそのクラスメイトには言っておくけども……なんて、そんな脳内での反芻はこれでも長いほうだ、真梨子の発言は常に怒涛だから。
 ちょっと間があったのち、真梨子はやたら元気そうに、
「黒板消し限定でお願いします! まずはそこから知っていきたい!」
「そこから知っていきたい関係なんて無いだろ」
「叩くと白い粉が舞うほう? 叩くと黄色い粉が舞うほう?」
「しかも黒板消しの高級感じゃなくて、叩いて舞う粉の色を問うているのかよ」
 俺は呆れながらも、そうツッコむと、
「当たり前じゃないですか! 逆に高級な黒板消しってあるんですかっ? 電飾の有無ですかっ!」
「いやそんなクリスマスツリーのような黒板消しは無いだろうけどもさっ」
「でも黒板消しって緑色ですし、クリスマスツリーみたいと言えばクリスマスツリーみたいですよね、チョークの白い粉がホワイトクリスマスを演出するんですよね」
「ですよね、って、同意を求められても分からんわ」
 俺は真梨子とずっと対面して喋っていることに気付いたので、ちょっと窓のほうへそっぽ向くと、
「UFO発見したんですかっ!」
 と叫んだ真梨子。
 いやいや、
「ただちょっとそっぽ向いただけだよ」
「じゃあ私のこと見ていてくださいよ、可愛いですよ、私」
「よくそんなこと自分で言えるな」
 とはツッコんだものの、まあ確かに可愛いか可愛くないかで言えば、可愛いかもしれない。
 動く度に揺れる茶髪でロングのポニーテールは作り物のように綺麗に輝いている。大きな瞳、顔はちょっとタヌキ系の人懐っこくてゆるい感じ。
 でも顔の輪郭は引き締まっていて、まさしく運動、つまり空手をしているような雰囲気。ただ肌の血色は正直そこまでは良くないような気もする。だからどこかアンバランスだ……と思いながら、ついじっと見ていると、真梨子が、
「ヤダ、そんなじっと見つめないでください、えっつ」
 と言って頬を赤らめた。
 いや、
「何だよ”えっつ”って、悦に浸っているのかよ」
「噛んだだけです、本当は”えっち”と言おうとしたんですっ」
「その言葉を噛むヤツいるんだ、いやまあいつかは出現するだろうけども。言葉を噛むって無限大の可能性だから」
「そう言えば最近私、言葉を噛まないように、唇の動きを良くするために、ヒューマンビートボックスの勉強始めたんですよ」
「いや今、普通にめっちゃ噛んでいたけども」
 俺は冷たくそう言い放ったんだけども、真梨子は俺の言い方なんて気にする様子は無く、ニコニコしながら、
「でもヒューマンビートボックス出来れば、前座でお笑いしたあと、ダロさんのラップ・パートにも参加出来るじゃないですか」
「”でも”ってなんだよ、あとそうなったらもう真梨子無双だろ、真梨子の独壇場だろ、俺添え物だろ」
 とは言え、ヒューマンビートボックスなら、あっても邪魔じゃないか、と思っていると、真理子が得意げに、
「こんな感じにヒューマンビートボックスやってるんですよー、つっつっつーって……ぶべぱしぇぇぇええええ!」
 真梨子からの急な破裂音、以上のツバが飛んできた。
 いや、
「”つっつっつー”くらいは言えたのに、そのあとの本格的なヒューマンビートボックスは全然ダメのかよ!」
 と俺はツッコミながらも、ハンカチを取り出し、顔を拭いていると、真梨子が、
「急にそんな汗かいて、どうしたんですか……私の汗かきがうつったんですか?」
「いやオマエのヒューマンビートボックスの時にツバが飛んできたんだよ」
 普通にそう言うと、急に汗をだらだら流し始めた真梨子。
 いや汗だよな、俺のツバじゃないよな。
 真梨子は急に慌てながら、
「す! すみません! でも! 私可愛いんで私のツバは汚くないですから!」
 と言って、すごい勢いで頭をさげた。
 いやいや、
「可愛いから汚くないって何だよ、オマエの主観はどうでもいいんだよ。いやまあツバぐらい拭けばいいから気にしてねぇよ」
「いやでも! 急に出現した水分ってちょっと怖いじゃないですかっ! すみません!」
「いや別にオバケの雫とかじゃないから、出どころが分かっている水分だから怖くはないから」
 そう言いつつ、顔についたツバを拭き終えた俺。
 対する真梨子は汗が止まらない。
 というか、
「汗、さすがに拭いたらどうだ?」
 そう言いながら俺は、自分のハンカチを渡そうとすると、
「あっ! ダロさんのハンカチ!」
「あぁ、そうか、人のハンカチで拭くのは何か汚いか、それこそ」
 と言って、俺はハンカチを自分のポケットに戻そうとした時、そのハンカチをバッと手に取った真梨子は、
「ありがとうございます! 一生大切にします!」
「いやあげないから! それで拭けばいいんじゃないかという意味で渡そうとしたんだよ!」
「そうだったんですか! 良いプレゼントだなぁと思ったら!」
「何でこのタイミングでプレゼントするんだよ、何の記念日でもないだろ」
 俺が溜息をつきながらそう言うと、真梨子はニッコリ微笑みながらこう言った。
「ダロさんと会話出来ている日々は、毎日が記念日ですよっ!」
 ……何で急にそんなことを言うんだろう、コイツは……。
 何か、何か、分かんないけど、嬉しいな、分かんないけど、いやそうでもないか、う~ん、まあ楽しいのか? 俺は余計な心配掛けられたくなくて、いっつも一人でいたけども、こういうのも実はそんなに悪くないというか、いやでも邪魔は邪魔なのか? いやいやそんな自問自答はどうでもいい。
 真梨子は俺のハンカチで汗を拭き始め、
「ふぅ~、ダロさんの匂いがするハンカチ最高~」
「いや何か怖いわ、それは。というか真梨子のツバの匂いだろ、付いてんのは」
「あっ、そうですかね、じゃあ私のツバってやっぱり汚くないんですねー」
 と言って満面の笑み。
 何がそんなに嬉しいんだよ。
 真梨子は続ける。
「でもやっぱりダロさんの匂いの成分もあると思うんですよ、それが混ざり合って良い匂いなら相性抜群ですねー」
 そう言って汗を拭き終わった真梨子は、ハンカチを俺の顔の前にズイッと出してきて、
「ほら、ダロさんも嗅いでくださいよっ」
「いや嗅がないわ、普通にポケットに戻すから」
 俺はハンカチを受け取って、ポケットの中に入れた。
 それを見ていた真梨子は不満げに、
「ちょっと……嗅いでくださいよ……初めての共同作業ですよ……」
「こんなんを共同作業に入れるな、せめて俺のラップと真梨子のヒューマンビートボックスの時に言え」
「確かにそっちのほうがロマンチックですよね、さすがダロさん、夜空が見えました」
「夜空は見えないだろ、何だよその比喩。ロマンチック、イコール、夜空って安易だな」
 そう言うと真梨子は腕を組んで何かを思案している表情、からの、
「じゃあ流れ星、で、いいですかね?」
「いや考えてそれならもう安易の沼にハマってるだろ、流れ星は夜空を構成する一つの要素だろ」
「ダロさんの見本をお願いします!」
 そう言って手を合わせて懇願してきた真梨子。
 いや、
「見本なんてねぇよ、そもそも俺はリアリストなんだよ」
「えっ、そのリアリストという言葉、リアス式海岸は関係ありますか?」
「ねぇよ、ジグザグになっていてそこで漁をします、じゃねぇんだよ。現実主義ということ」
「現実的なんですねぇ……じゃあもう、結婚という話になりますか、ね……?」
 不安げな中にちょっと期待も込めているような表情で俺を見つめてきた真梨子。
 いや、
「何の話だよ、全然話が飛びすぎて分かんないんだよ、というか結婚は結婚でロマンチストだろ」
「何でですか、結婚って現実まみれがすごいじゃないですか」
「現実まみれなんて言葉ないだろ、それにあくまで俺のイメージだが結婚なんて本来しなくていい制度だ、それを自らしようとするなんて相当なロマンチストだろ」
 俺がそう言うと真梨子は口をとがらせてから、元の顔に戻してこう言った。
「制度とか難しい話はまだ分かんないですね。私はただ一緒にいたいだけだから」
 そう言って俺のほうを見て笑った真梨子。
 いやもうコイツ、こういうことをめっちゃ意識させようとしてくるじゃん。
 何なん? 弟子じゃないの? 師匠と弟子って基本こういう関係なの?
 よくアイドルのプロデューサーが自分がプロデュースしているアイドルの子と結婚するけども、そういうことなの?
 いやまあいいや、そんな話はどうでもいいんだ。
 それよりも、
「そろそろホームルームのチャイムが鳴るから、クラスに戻るといいんじゃないか」
「鳴ったら戻ります」
「いや五分前行動したほうがいいだろ」
「私、運動神経抜群で素早いんで、私の行動はもはやずっと五分前のようなモノです」
 なんて意味の分からない理論を振りかざすんだと思いつつ、今日の朝の会話は終了した。
 そう、朝の会話。
 中休みも来るし、昼休みも来る、そして放課後だってやって来るんだ。
 そんな俺ばっかりと話して、何が楽しいんだろうか、謎だ。
 ただいつ会っても汗はかいていて、たいした運動もしていなさそうな時も汗をじんわりかいていた。
 いやあんま心の中でも描写していると、イジメていた連中みたいになるからしないようにするけども、やっぱりどこか無理しているのか、何なのか。
 いやいや感情移入し過ぎないようにしよう、真梨子が転校する時に俺がツラくなるかもだし……って、そんなことは絶対無いわ、現に俺は楽しくないし、そう楽しいはずがないし。多分。