伝えるには言葉しかないだろ


・【02 河川敷、橋の下】


「あっ! ダロさん! ついに見つけました!」
 汗をだらだら流しながら俺に近付いてきた、あの汗かきを理由にイジメられていた女子。
 いやというか、見つけられた……いや二日だぞ……そんなことあるかぁい。
 ここは高校から少し離れた河川敷、橋の下。
 しっかり下に降りて覗き込まなければ、俺の姿は見えないはず。
 いやまあ今まさにしっかり下に降りてきているけども。
「ダロさん! 言い忘れていましたが、私、真梨子といいます!」
 急に自己紹介か、まあいいだろう。
 自己紹介されたら自己紹介し返すことがマナーだ。
「俺は半田朗、苗字の後ろと名前の頭をとって、(はん)ダロ(う)だ」
「というわけで弟子にしてください!」
 そうそう弟子にしてくださいと言われたら、弟子にしてくださいと返すことがマナーだから……って、えっ?
「いや、弟子って何だよ……」
 俺は額からじんわり汗をかきながら、そう聞き返すと、真梨子は笑いながらこう言った。
「ヤだなぁっ! ダロさん! 弟子は弟子ですよ! 師匠と弟子ってヤツですよぉっ! 私そんな時間が無いほうなので、じゃ! じゃなくて! とにかく急ぎ癖(いそぎぐせ)なので! さっさと師匠と弟子になりましょう!」
 いや何だよ急に弟子って。急ぎ癖という脳内で浮かびづらい言葉も使っているし、本当に意味分かんないだろ。
 でも真梨子は続ける。
「私! お笑いが好きなんです! それでダロさんのラップの前に前座で何かします!」
 ラップの前に前座でお笑いということか? 一体何を言っているんだ、コイツは。
 まあとにかく事実だけ言って、帰らせるか。
「俺はああやってイジメの現場へ行って、ラップをするんだ。ハッキリ言って危険だから一緒にはいられない」
「大丈夫です! 私は空手の黒帯なので強いんですよ! ダロさんみたいにかわせます!」
 確かにあの気配の無い動き、拳法の達人のようだったけども、それなら、それならば、
「イジメっ子連中を倒せば良かっただろ」
「拳法家は素人に暴力を振るっちゃダメなんです! それに暴力で解決したらイジメっ子より酷くなっちゃいますよ!」
「確かにそうだけど……」
 でもまあなんとなく、多少なりに合点はいった。
 そもそも汗かきというモノは発汗が良い、つまり新陳代謝が良いというわけで、何らかの運動をしていると考えることが妥当だ。
 そして動けるからこそ、こうやって目的の人も探せるというわけだ。
 真梨子は満面の笑みで、
「私! いくらでも攻撃かわせます! かわすことは素人とか関係無いんで!」
 と言ったと思ったら、急に肩を落として、
「……でも言葉には弱くて……寄ってたかって言葉で……」
 そう言って口を真一文字にしてから俯いた真梨子。
 まあ大体のことは分かったけども、一つだけ分からない点があるので聞いてみた。
「何で弟子なんだ? 別に友達とかでもいいじゃないか」
「だって! 私! ダロさんのこと大好きになったんですもん! 特別な関係になりたくなったんです! 足早に!」
 大好き、で、弟子?
 拳法やってる人ってみんなそうなの?
 いやいや、弟子ってやっぱり意味分かんないし、断ろう。
「いや弟子はとらない。俺は一人で好きなようにやる」
「私は二人で好きなことしたいです! なんなら一緒に漫才したいくらいです!」
 あっ、これ平行線でずっと続くヤツの予感。
 いやいや、言葉なら俺のほうが得意だろう。
 絶対打ち負かしてやる。
「漫才なんて売れ線狙い、ダサくてしねぇよ」
「いいや二人で漫才したらきっと面白い! ダロさん! 良いツッコミですよ!」
「いやそういうセルアウトは本当に恥ずかしい人間がすることだから」
「セルアウトって何ですか! 漫才は恥ずかしくないですし! 楽しいだけです!」
「セルアウトというのは売れよう売れようと必死なラッパーなこと。そういうのはカッコ悪いんだよ。漫才やるラッパーなんてセルアウト過ぎる」
「でもやったら楽しいかも!」
 ……何か、コイツの言い分一辺倒だな。
 まあこっちが変化を加えるか。
「というかやっぱり足手まといだな、一人のほうが小回りが利くし」
「いえいえ! 二人で楽しくやっていきましょう!」
「いや俺は一人のほうが楽しいから」
「私は二人のほうが楽しいですね!」
「というか鍛錬は一人で深く研ぎ澄ますものだ。人がいたら邪魔になる」
「いいえ! 私は二人のほうが楽しく出来ると思います!」
 そう言って胸を叩いた真梨子。
 あっ、ダメだ、もう心が折れそう。
 全然話通じないヤツだ。
 俺は多彩なパターンで理由を述べているのに、真梨子は”二人は楽しい”の一点突破だ。
 いやじゃあ何かどこかで揚げ足とるしかないな。
 やり方を変えよう。
「じゃあ真梨子、お笑いを見せてくれ」
 そう、真理子のお笑いを見て、難癖つけよう。
 どんなお笑いを見せてきても『俺の前座にふさわしくないし、つまらない』と言ってしまえばいいだけだ。
 それこそ悪口みたいになってしまうが、まあここはしょうがない。
 真梨子はグッと拳を握り、やる気満々のような表情を浮かべ、
「じゃあいきます! 一発ギャグします! ホップ! ステップ! ジャンクフードに付いてくる安いタレ!」
 何その一発ギャグ。
 いやホップ・ステップ・ジャンプをもじるのは分かりやすくていいけども、肝心のボケが弱すぎる。
 良かった、これなら悪口にならない。ただの事実だ。
「全然面白くないだろ」
 俺は冷静にそう言うと、
「ですよねっ」
 と言って舌を出して笑った。
 いやいや、
「ですよね、じゃダメだろ。何で一旦真梨子が滑ってからラップしないといけないんだよ、ハンディだろ」
「ここは要練習ということでよろしくお願いします!」
 と言って瞬時に俺に近付き、無理やり俺の手を強く握ってきた真梨子。
 いや握力強っ。
 どうやら空手やっていることは本当っぽいけども、コイツのお笑いがこれって、本当かっ?
「まず俺を師匠にする前に、お笑いの師匠を探せ!」
 なんとか真梨子の握力から逃げて、手を離した俺。
 一体何なんだコイツ……とか思っていると、真梨子は、
「そんな悠長な暇は私に無いんです! だって! いやまあとにかく! とにかく今度めっちゃ頑張るので! これからよろしくお願いします!」
「いや今度て! 今後であれ!」
「間違いました! ボンゴでした!」
「いや今後だろ!」
 俺が流れで、ボケにツッコむようについ言ってしまうと、
「何か漫才みたいでいいですね! 漫才しましょうか! 漫才!」
 と真梨子が言ってきたので、俺は慌てて、
「そういうことじゃない! とにかく弟子はとらないから!」
 とハッキリ言うと、真梨子は頭上にハテナマークを浮かべながら、
「何でですか? 二人は楽しいのに……」
 と不服そうに言ったので、俺は一回落ち着いてから、こう言った。
「俺のやっていることは危険なことだから、巻き込みたくないんだよ」
「だから大丈夫ですって、私、空手やってますから、いくらでもかわせます。なんならダロさんのことを守ることが出来ます!」
「でももし何か危険なことがあってからじゃ遅いんだよ」
 すると真梨子は立て板に水って感じでツラツラと、
「大丈夫です! どうせ私はそんな長くないですし!」
 と意味不明なことを言ったと思ったら、ハッとしたような顔をしたと思ったら即座に、
「親の仕事でそろそろ転校しちゃうんで! そんな長く一緒には居れないってことで! 短期間だから大丈夫ってことです!」
 そうか、やたら悠長にしている暇は無い的なことをずっと言っていると思ったら、そういうことか。
 一瞬”余命モノ?”的なことを考えてしまったが、仮に病気ならこんな元気でいれるわけじゃないだろうし……病気じゃないよな、ずっと汗をかいているけども、病気で無理しているとかじゃないよな?
 いやいや、ただ汗かきなだけだ、だって運動しているから新陳代謝が良いという論理は破綻していない。変に同情して実は別に健康でしたー、とかだったら、本当に最悪だろ。
 そうそう、そう思い込んで俺は一言言ってやることにした。
「短期間なら、一緒にいる醍醐味も無いだろ」
 すると真梨子は、
「思い出作りみたいな!」
 と言って照れ笑いを浮かべた。
 いや俺の仕事を思い出作りに邪魔されても、本当に困るので、
「思い出作りみたいなテンションのヤツは嫌だよ」
 とハッキリ言ってやると、俺のシリアスとは反して、真梨子はやれやれといったような顔になってこう言った。
「でもちゃんと真面目にやりますからっ、絶対大丈夫ですからっ、信じてください……師匠!」
「いや師匠じゃないから。そもそも俺、真梨子に何も教えること出来ないだろ? ただでさえそうなのに短期間ならなおさらだろ」
「いや既にもう教えてくださったじゃないですかっ!」
 そう言って俺の背中をバンバン叩いてきた真梨子。
 いやもう何かウザいなぁ……まあ聞き返すか。
「……何を?」
「人を好きになるという気持ちを、です!」
 そう頬を朱色に染めながら言った真梨子。
 何か急に恥ずかしくなって、目を逸らす俺。
 そんな俺の顔面をホーミングするかのようについてくる真梨子は、
「ダロさんの何かになりたいんです! ダメですかっ! ダメですかっ!」
 と言ってきて、何かもう訳が分からなくなって、
「もういいよっ!」
 と叫ぶと、真梨子が口に手を当てながら、
「嬉しい……”いい”んですね……」
 と言ったので、あれ、俺、そういう意味で”いい”とは言っていないようなと思ったけども、その真梨子の嬉しそうな顔を見ると、もうこれ以上の言葉は言えなかった。
 俺より動けるかもしれないから、まず最初に考えるべき不安は大丈夫そうだから、まあいいのかなぁ。
 いやでも前座のお笑いは要らないなぁ、その都度、お笑いに関しては止めないといけないな。
 真梨子は目を潤ませながら、
「ダロさん、大好き……」
 と、こっちを見てくる。
 ……本当に弟子、ってことで、いいんだよな……。
 その日は意味無い会話をするだけで終わってしまい、ラップの修行や筋トレは一切出来なかった。
 端的に言って邪魔なんだけども、一体何なんだ本当に。
 まあ短期間なら我慢すれば、いやでもそのいる間は邪魔というか危なっかしいというわけだしなぁ……。