炭酸飲料は死への呼び水Death!!

 川島はトイレの床に倒れ込んだ赤坂を見下ろし、歪んだ笑みを浮かべながら頭から水をかける。
「そんな所に寝転んだら汚いわよ。それに、濡れちゃったりもするから」
 女子トイレを利用しようとしていた生徒も、中の様子を見て別の場所へと移動していく。面倒なことに誰も関わりたくはないのだ。
 その状況下にあっても、赤坂は顔を上げて川島を睨んだ。ここしばらく嫌がらせを続けられているが、心はまだ折れてはいなかった。
「何でこんなことするの。私はあなたに何もしていないでしょ?」
 立ち上がろうとする赤坂に、秋やがバケツに入れていた水を真正面からかける。ぞの水圧に押され、ずぶ濡れになった赤坂がトイレの床に尻餅をついた。
「アンタが最初に生意気な態度で煽ってきたんじゃないの?ここで土下座して謝れば、これからはパシリにしてあげてもいいけど?」
 赤坂の脳裏に入学式当時の出来事が過ぎる。まさか、勝手に席を変えようとした事を注意しただけで、執拗に嫌がらせをしているとは思っていなかった。
「土下座するの?しないの?ねえ」
「コイツ、剥いて写真撮った方が早いんじゃねえの?」
 川崎の言葉に被せるように、取り巻きの男子生徒が言い放つ。
 それを聞いた赤坂が、ずぶ濡れの制服を抱き締めるようにして蹲った。

「紬さん、こちらにいらっしゃったんですね」

 そんな緊迫した状況の中、トイレの入口付近から丁寧な女性の声が聞こえた。声の主である楓は取り囲んでいる6人の生徒を無視するように、トイレの床に蹲っている赤坂に声を掛ける。男女合わせた6人が取り囲んでいることも、赤坂がずぶ濡れになっていることにも関心を示さず、躊躇することなく赤坂に歩み寄った。
「これ、お借りしていた消しゴムです。早くお返ししないといけないと思い届けに来ました。売店で新しい消しゴムを購入しましたので、お気遣いは必要ありませんよ」

 川崎を始めとする6人も、赤坂も楓が口にした内容を理解するまでに時間と要した。

「黒崎、アンタ、先生にチクろうとか、ネットに動画をUPしようとか思ってるんじゃないでしょうね!!」
 突然、楓が現れたことにより一瞬固まっていた川崎が、我に返って問い詰めるように口を開く。それさえも無視し、楓は手にしていた消しゴムを赤坂に向かって差し出した。
「ありがとうございました」
 呆然とする赤坂。楓の廃では、川崎が地団駄を踏みながら叫んでいた。
「黒崎っ、アタシをスルーしてるんじゃないわよ!!アンタは素直に席を譲ったから見逃してあげていたけど、もうヤメタ。今からアンタをターゲットにするからね!!覚えてなさい!!」
 そう捨てゼリフを吐くと、ひとまず6人はトイレを出て行った。

「あ、ありがとう」
 消しゴムが乗っていた手を両手で握り締め、涙ぐんで頭を下げた。
 その様子を見詰めながら、楓は首を傾げる。楓は少しでも早く消しゴムを返そうと思っていただけで、その他のことは全く考えていなかった。背後で叫んでいた生徒がいたことも分かってはいたが、これもまた全く気にしていなかった。

 しかし、川崎の宣言とおり、ターゲットは赤坂から楓に移った。それが分かったのは、翌日の朝のことだった。


「ねえ黒崎さん、アタシ消しゴム忘れちゃったんだけど、貸してくれる?」
 1時間目の授業が始まる前、近付いてきた川崎が赤坂と同じパターンで楓に声を掛けた。自分の所に来ると身構えていた赤坂が、川崎の声を聞いて顔を上げた。口を開こうとした瞬間、背後から取り巻きの女子生徒に口を押さえられる。

 これまで一度も話し掛けられたことがない川崎に目を見開いたものの、楓は昨日買ったばかりの消しゴムを差し出した。
「困った時はお互い様ですから。でも、使い終わったら必ず返して下さいね」
 川崎は差し出さた消しゴムを受け取ると、明るい笑みと浮かべて大きく頷いた。
「分かってるわよ。ありがとうね、黒崎さん」
 振り向いた瞬間に歪に変貌した笑みを浮かべ、窓際にある自分の席に座った。そして、即座にカバンからカッターナイフを取り出し、まだ四隅が残ったままの消しゴムを細かく切り刻む。
「素直に従っておけばいいのに、何でアタシを無視しちゃうかなあ。ぜんっぜん、分かんない。ねえ、みんなもそう思うでしょ?」」
 1センチの正方形に切り刻まれた消しゴムを見下ろしながら、周囲にいる5人の仲間に同意を求める。当然のように、全員が同じ種類の笑顔を見せた。

 その光景を目にし、青ざめる男子生徒がいた。
 それは、楓の事情を知る鬼島だった。関わりたくはなかったが、結末が分かっているだけに傍観者になることに罪悪感を覚えてしまった。仕方なく、鬼島は重い腰を上げて6人の元に歩み寄った。