炭酸飲料は死への呼び水Death!!

 「友達になろう」という簡易な言葉を発する楓を、鬼島は青ざめた表情で視界に収める。相手の女子生徒は簡単に頷いて連絡先を交換しているが、鬼島はその先の出来事を実際に目にした。

 楓はこの高校で極少数の校則以内の制服を着ている。艶やかな黒髪ロング、前髪は眉毛ほどで黒縁のメガネをしている。しかし、真面目そうな外見と、まともな思考の人間はイコールではない。見た目危険人物の鬼島は、そのことを深く深く心に刻まれた者の1人である。人畜無害に見える楓と、軽々しく「友達になろう」などと約束をしてはいけない。楓との約束は、常に命をベットしているのだから。

 誰も目を合わそうとしない鬼島にもあった小学6年生のとき、クラスメートの楓を迎えに来た大人がいた。真っ黒なスーツにサングラス。校庭に乗り付けた車は、窓ガラスまで真っ黒な高級車だった。ヒブマと対等に闘えるのではないかと思われる大男は、子どもから見ても普通ではなかった。当然、何者か分かっている先生は誰一人として対峙して注意する者はいない。
 その大男が「お嬢」と呼んで出迎えたのは、全く目立たない普通の女子である楓だった。鬼島の位置からは表情は窺えなかったものの、不機嫌なオーラを楓は全身から放っていた。

 親から聞いたのか、それとも噂が流れたのか、翌日から教室の雰囲気は一変した。いじめる勇気は誰にもなかったものの、クラスメートは楓との関わりを一切無くした。「友達になろう」と約束した楓が友達だと思っていた女子生徒は、楓に話し掛けられても聞こえないふりをし、一緒に行動することもなくなった。あの日以降、楓はクラスの中だけではなく、学校の中で完全に孤立してしまった。
 そして、卒業式の日を迎えた。

 さすがに、卒業式後に教室で行われたパーティに楓だけを参加させないということはできず、担任の挨拶後そのままクラスでの卒業パーティが始まった。家業に問題があるだけで、楓本人は地味で大人しい生徒だ。と、クラスメート達は勘違いしていた。
 確かに楓は控え目な性格で我慢強く、家業のこともあって自分の感情を押し殺して生きてきた。そして、己の核となる部分は、幼い頃から祖父に叩き込まれた「信義」なのだ。裏切った友達を、手の平を返したクラスメート達を赦しているはずがなかった。ただ、理性に感情を押さえ込んでいるだけなのだ。

 楓の机にも、卒業パーティの飲み物と僅かなお菓子が配られた。クラスの中心人物であった男子生徒が、教壇に立って挨拶を始める。楓の机に置かれた紙コップの中から、シュワシュワと小気味良い音が聞こえてくる。男子生徒が笑いを取りながら話しを終えると、手に持った紙コップを掲げた。

「―――――乾杯!!」

 各々が手にしていた紙コップで、一斉に注がれていた炭酸飲料(・・・・)を飲む。そして、手にしていた紙コップを机に置き、全員が拍手をした直後だった。異質な声が教室に響いた。

「エミリ、ほいでタカコ・・・『信義』いうんはのう、お互いを尊重し合い、絶対に裏切らんいうことじゃ」

 元楓の友達だった2人が、肩を跳ねさせた直後に声の主へと振り向く。そこには、長い髪を後ろで結び、黒縁メガネを外してポケットに入れた楓が立っていた。いつもは分厚いレンズ越しにしか見えない鋭い眼が、2人を冷たく睨み付けている。
「「ヒッ・・・」」
 2人は思わず息を飲む。その吸い込んだ空気を吐き出す間も無く、楓の細い腕が同時に2人の喉元を掴んで持ち上げた。
「裏切り(モン)は逝ねや」
 そのまま、2人は床に叩き付けられる。激しい音を立てて数個の机と椅子が周囲に散らばった。更に楓は床に倒れ込んだエミリの腹部を蹴り飛ばし、タカコの頭を踏み付けて周囲を見渡す。
 男子生徒も、担任も呆然として身動きができない。そのクラスメートの中に鬼島もいた。クラスメート達は、圧倒的な暴力と威圧感の前に言葉さえも出せないでいる。

「あのねえ、アンタも、皆で仲良おやろうとか契ったくせに、ようも破ってくれたのう」

 声も無く泣き出す女子生徒がいる。近付いてくる楓から逃げようとしたものの、背中が壁についてガタガタと震え始める男子生徒。無謀に飛び込んだ数名の男子生徒は、軽い平手打ちで吹き飛ばされて頭から机に突っ込んだ。


 その後は、地獄絵図だった。
 薄れ行く意識の中で、鬼島は脳ミソに深く刻み込んだ。
 楓と安易に約束をしてはいけない。
 もし約束をした場合は、命を賭けて守らなければならない。
 楓が広島弁になったときは、すぐに逃げなければならない。