炭酸飲料は死への呼び水Death!!

 楓が杯を交わそうと(トモダチヲツクロウト)していた頃、まっくろ黒組では若頭である益荒男が、まだ組員になって短い者達に対し話しを始めていた。

「オマエ達はまだウチに来て日が浅いから教えといてやる。ウチで最も重要なことだから、しっかり覚えておけよ」
 益荒男は本家の広い玄関先に座り、3人の若い組員に対して説明する。若い組員は益荒男に対し、直立不動で立ち頷いた。
「ウチがなぜ『まっくろ黒組』という名前なのかを知っているか?」
 若い組員は全員がほぼ同時に首を横に振った。
「この名前をつけたのは、お嬢だ。先代が亡くなった後、組を継いだ組長(オヤジ)が名前を『羅刹組』に変えようとした。しかし、その名前に納得がいかなかった姐さんが『阿修羅組』にしたいと主張したんだ。組長も姐さんもあんな(・・・)性分だ。どちらも一歩も引かず、大喧嘩になってしまった。当然、誰にも止めることができず、本家が文字通り半壊した。それでも喧嘩は終わらず、お互いに血塗れになりながら1日以上続いた」

 そこまで静かに話しを聞いていた若い組員が、益荒男に不思議そうに訊ねた。
「頭が止めれば良かったんじゃないですか?」
「そうですよ。頭は対人戦闘最強と名高い極道じゃないですか!!」
 その言葉に益荒男は、苦笑いを浮かべて答えた。
「オレはステゴロの殺し合いで、これまでに3度負けたことがある。そのうちの2人が組長と姐さんだ。だから、オレは若頭をしているんだ。そんなオレに、2人を止めることなどできるはずがない」
「え!?じゃあ―――――」
「止めたのは、お嬢だ。もちろん、その時には全く信じていなかったがな」

 益荒男はその時の様子を思い出しながら、若い組員達に話しを続ける。
「2人の大喧嘩が始まって2日目の朝。なぜか、周囲が静かになっていた。その頃にはオレも組員もすっかり諦めて、2人の決着がつくまで塀の外で待っていたんだ。すると、そんなオレ達の前にボロボロの組長と姐さん、そして、まだ小学3年生だったお嬢が姿を見せた。そして、組長が皆に告げた。『たった今からウチは、まっくろ黒組になった』と」
「どういう事なんですか?」
「オレも当然、全く同じ質問をした。すると組長は、『楓が決めた』と。そして、その後に少し付け加えた。『楓と安易に約束をするな。それと、炭酸が入った物を飲ませるな。もし飲ませた時には、乳酸菌飲料を飲ませろ』。意味が分からなかったが、組長の言葉は絶対だ。その日からウチは『まっくろ黒組』と名乗り、お嬢に炭酸飲料を飲ませないように気を付けた。後で知ったことだが、組長と姐さんは、お嬢と『夫婦喧嘩はしない』と約束をしていたようだ」

 説明を聞いた若い組員達は、明らかに納得していない様子だった。それはそうだろうと、益荒男を自分の体験した話を続ける。
「そして、お嬢が小学6年生の時の話になる。お嬢からは『学校の皆にバレるから、絶対に学校には来ないでね』と言われ、軽い気持ちで約束をしていた。しかし、ある日オレはその約束を無視し、たまたま近くにいたこともあって小学校までお嬢を迎えに行ったんだ。こんな姿(ナリ)だから、素性は簡単にバレてしまう。それが嫌だったのだろう。オレを見た瞬間、お嬢は項垂れてしまった。申し訳なく思い、帰り道に組長と姐さんに禁止されている炭酸飲料を、たまには良いだろうと思って自動販売機で買って渡したんだ。
 炭酸飲料を1口、2口。ゴクンと飲み込んだ直後、お嬢の様子が変わった。いつもは丁寧な口調で聞き取れないほど小さな声で喋るお嬢が、突然広島弁を使い始めた。その口調はどんどん厳しくなり、最終的には怒号になった」

 益荒男はその時の光景を思い出して遠い目になる。


「おどれ、軽うにウチとの約束を破ったのう。どういうつもりなんなら!!ぶち食らわすど!!」
 楓は広島生まれ、広島育ちの母親に育てられた。母である夜叉姫は未だに広島弁だ。当然、一番関わる時間が長かった夜叉姫の影響を受けている。大人しい性質もあり、周囲に合わせて標準語を使っているが、激昂すると素の喋り方に戻ってしまう。
 一瞬驚いたものの、そこは百戦錬磨の猛者である。すぐに落ち着いて、益荒男は対処を試みた。しかし、笑顔で宥めようとした益荒男の身体が宙に浮いた。
「ガキじゃあ思おて、ウチをなめとるんか?」
 2メートル130キロの巨体を、小学6年生の楓が片手で持ち上げていた。
 驚愕する益荒男。しかし、次の言葉を発する前に空いている手で殴られて10メートル以上吹き飛んで転がった。普段ならすぐに立ち上がる益荒男は、その1発で足腰が立たなくなった。

 その時になって、益荒男はようやく組長の言葉を理解した。
 2人は楓に負けた。だから、組の名前が「まっくろ黒組」になったのだと。
 楓がキレるきっかけが約束を守らない事と、炭酸飲料だと。
 そして知る。あの組長と姐さんの娘である楓はスーパーエリートの人外であり、決して勝てる相手ではない。安易に約束をしてはいけない。絶対に、炭酸飲料を飲ませてはいけない。一番の問題は、楓の倫理観が世間からかけ離れていること。特に、悪についての許容範囲が広い。幼い頃から、目の前で闘争を見てきたのだ。死なない程度なら大丈夫だと思っている。しかも、死なない程度が、本当に虫の息とイコールなのだ。


「―――――ということで、オレは全治3ヶ月の重傷で病院に運び込まれた。もし、自動販売機に乳酸菌飲料が無かったら、もっと酷いことになっていただろう」
 自分の体験を話して聞かせた後、3人の若い組員に乳酸菌飲料を持たせた。
「これが命綱だ。もし、お嬢がキレた場合は、命を賭けてこれ(・・)を飲んでもらうんだ。分かったな」

 若い組員は未だに半信半疑であったものの、乳酸菌飲料をポケットに入れた。