炭酸飲料は死への呼び水Death!!

 その日、益荒男は楓を見送ったあと、いつものように本家で北と南の戦況報告を受け取っていた。北で暴れている組長は、間もなく北海道の制圧を完了するようだった。南で傍若無人の振る舞いをしている姐は、今日にでも沖縄に渡るとのこと。全国制覇はもう目の前だ。
 その報告を確認した益荒男は、上機嫌でポケットに入れているタバコを吸おうと手を伸ばした。しかし、先ほどが最後の1本だったということを思い出し、仕方なく庭が見える縁側から立ち上がった。普段であれば近くにいる誰かに買いに行かせるところであるが、たまたま近くいる組員が忙しそうだったため自ら近くのコンビニに行くことにした。

 コンビにまでは徒歩で10分の距離だ。わざわざ車を出すほどでもないため、歩いてコンビニへと向かう。コンビニの店員もまっくろ黒組の組員が買い物に来るころがあることを知っており、絶対に問題を起すことがないことを理解しているため、見上げるような強面の益荒男が来店しても騒ぐことはない。組長と姐が「堅気には絶対に迷惑を掛けてはいけない」、と組織内に通知しているためだ。一度だけ店頭で大声を出した組員がいたが、平身低頭現れた益荒男によって連れて行かれた。その後、その組員を見た者はいない。

 益荒男はいつものタバコをカートンで購入し、外で1箱だけ手にして再びビニール袋に戻す。そして、我慢できなかったのか、その場で1本取り出して口に咥えた。
「お?」
 シャツの胸ポケット、ズボンの左右、後ろをポケットを確認した肩を落とした。ライターを縁側に置いてきたことに気付き、咥えていたタバコを胸ポケットに仕舞おうとしたときだった。
「ライターですか?」
 益荒男が声の聞こえてきた方に視線を向けると、腰が曲がった老婆が立っていた。いつの間に側まで歩いてきたのか不思議であったものの、相手が老人であることで気を許す。震える手で差し出されたライター火に、益荒男は腰を屈めて咥えたタバコを近づけた。

 次の瞬間、益荒男の腹部に激痛が奔った。
 ライターを持つ手とは逆の手に、老婆は短刀(ドス)を持っていた。その刃の部分が、深々と益荒男の腹部に刺さっている。ジワジワと赤に染まる益荒男のシャツ。それでも、薄ら笑みを浮かべる老婆の顔面を渾身の力を込めて殴る。顔面が陥没した老婆、いや老婆に扮した小男が吹き飛んで道路に転がる。
「・・・不覚」
 益荒男がそう呟くと同時に、背後、左右から体当たりをしてくる男達。それぞれが持つ短刀が、背後、左右に突き刺さる。吐血した益荒男が、左側の男を殴り飛ばし、右側の男の頭を鷲掴みして潰す。最後に、腕を振り回して背後の男を狩る。
「お、お嬢・・・」
 前後左右に短刀を生やした益荒男が、その場に膝を突いた状態で意識を失った。

 その様子を離れた場所から眺めていた蛭子が、父親に電話しながら嘲笑う。
父親(オヤジ)、予定どおり益荒男を戦闘不能にしたぜ。こっちは4人やられたが、益荒男と下っ端の4人ならお釣りが出るくらいだろ」
 電話の向こう側で父親が指示を飛ばす。
「今から、まっくろ黒組に益荒男が倒れたことを知らせる。おそらく何人かがそっちに行くはずだ。そこで、来た組員を殺れ。まっくろ黒組の本家は頑強な要塞だ。少しでも人数を減らすんだ。そこで何人か減らしたら、宣戦布告をして全力で本家に攻め込むぞ」
「分かった」

 父親の言葉どおり、数分もしないうちに5人の組員が益荒男の元に駆け込んできた。1人はすぐにスマートフォンを片手に電話をし、残りの2人は益荒男に駆け寄って状態を確認。残りの2人はその場に転がってピクリとも動かない、犯人の身元を確認するためにポケットや持ち物を必死で調査している。それは、まだ周囲に犯人の一味が潜伏していることを、全く考えていない行動だった。
 本来であれば、まっくろ黒組には有象無象にやられる組員はいない。しかし、状況が状況だけに注意力が散漫になり油断していた。周囲の物陰から忍び寄る者たちに気付かなかった。5人がほぼ同時に、鉄パイプを手にして取り囲んだ者たちによって動けなくなるまで叩き潰されてしまった。

 倒された4人の刺客を抱え、まっくろ黒組の6人をその場に残したまま蛭子組の者たちは姿を消す。
 それから3分もしないうちに、偶然通り掛った一般人の手により益荒男たちは救急車で病院に運ばれた。しかし、その容態は深刻で、すぐに意識を取り戻すような状態ではなかった。


 家業とは関わりがないため、楓の元に組員から報告が届くことはない。
 近くで止まった救急車のサイレンを聞き流し、机に向かって宿題を始めた。