「いいか、楓。
世の中で一番大切なものは、信義だ。今は、騙されたり、裏切られたり、約束を守るってことが疎かになっている時代だ。だからこそ、信義を重んじなくちゃいけねえ。
だからな、楓。
オマエさんは約束したことは必ず守れ。裏切るな。誠実に生きろ。ただし、オマエさんの信義を裏切り、約束を破る者に対しては容赦しなくていい。地獄を見せてやれ」
祖父ちゃん子であった楓が、幼い頃から幾度となく言われてきた言葉だ。人格形成が行われる時期に日々言われ続けてきた言葉に影響を受けないはずはなく、「楓は信義こそが全て」という考え方に凝り固まった。そんな孫娘を眺めた祖父は、目を細めながら満足して他界した。
「お嬢、行ってらっしゃい」
「「「「「行ってらっしゃいませ!!」」」」」
2メートル近い大男から通学カバンを渡された楓は、玄関から門までの30メートルほどの距離に整列した20人の厳つい男達に挨拶をされる。
ここは全国的に有名なヤクザである「まっくろ黒組」の本家である。楓は組長である黒崎 斑鳩と、姐 夜叉姫の一人娘だ。
「うん、行ってきます。分かっていると思うけど、絶対に学校に来ちゃダメだからね」
「もちろん、重々承知しています」
笑顔で頭を下げる大男、益荒男 辰は丁寧に返事をする。それを確認した楓は、小さく頷くと門に向かって組員達の間を早足で通り過ぎた。
楓がまっくろ黒組の娘であることは近所で周知の事実であるため、変な輩に絡まれることもないし、バカにされるなどということもない。しかし、その逆に、友達になってくれる者も、気楽に話し掛けてくれる者もいない。
小学校6年生まではどうにか隠し通せていたものの、ある出来事をきっかけにバレてしまい、それまで親しくしていた友達が全員いなくなった。その噂は地域の寄り集まりである中学校に進学しても消えず、3年間を孤独に過ごすことになった。そのため、通学に2時間以上必要な遠隔地にある高校に進学した。これだけ離れれば、楓の事情を知る者もいないはずだからだ。
楓は無人の野を行くが如く駅までの道を10分ほど歩き、始発電車に乗って入学式の高校へと向かった。
余談であるが、楓の両親は都合により入学式には出席できない。そもそも、楓が知らせていないのではるが。



