龍棲宮の主

 この絵の人物のことがどうしても気になった私は、春野隊長に絵の写真を送って調べてもらうことにした。
 その後——。
「増えてる……」
 違和感があったのでジャケットを脱ぎ、ブラウスの袖を捲ってみたところ、両方の二の腕に新たに鱗が出来ていた。

 能力が上がっているか試してみろと三原隊長に言われたので、爪で腕を引っ掻く。
 その辺をぐるっと走ってみたところ、能力の持続時間が延びていることが分かった。

「確定だな。前世の記憶が能力覚醒の鍵になる。この部屋にもっと思い出せるものがあるかもしれない。探してみるか」
 三原隊長の言葉に頷き、キョロキョロと周囲を見てみる。

 一方鈴木さんはというと、スケッチブックを手にして先程の絵を眺めていた。
「それにしても……本当に中條先輩にそっくりですねぇ。眼鏡がなかったら、本人だと言われても信じてしまいそうです」
 彼女の言う通り、絵の人物にあるスクエア型の眼鏡が描かれてなければ見分けるのは難しいかもしれない。

 ただ、顔はそっくりでも雰囲気はまるで違う。
 陣は爽やかな好青年といった感じだが、絵の中の彼は落ち着いているというか……どこか他人を寄せ付けない冷たさがあった。そう感じてしまうのは、彼が無表情だからだろうか。

 ここで薄ぼんやりとした記憶が浮上した。
 前世の私は、彼が笑っている姿を描いたことがあるはず。
 その絵はどこに……?

「えっと、たしか……」
 朧気な記憶を頼りに周囲を見回す。
 ふと、部屋の隅にあるイーゼルに立てかけられたキャンバスに目を留めた。
 布が被せられており、中身は見えない。私もどんな絵だったかまでは思い出せていない。
 でもあの絵が目当ての物だという確信があった。

 近付いてバサリと布を取り払う。
 現れた油絵を見て、息を呑んだ。

 赤い提灯、屋台、行き交う浴衣姿の人々——背景には、賑やかな祭りの風景が描かれている。
 そして中央には、大きく彼が描かれていた。彼もまた浴衣を纏っている。

 けれどスケッチブックのときにはなかった特徴があった。
 頬には青白い鱗、頭部には二本の角。どちらも淡く発光していて、人間離れした美しさを放っている。
 まるで龍神姿になったあのときの私みたいだ。

「これってもしかして……龍神祭の光景ですかね?」
 鈴木さんが絵を見ながら呟く。
「――ああ、なるほど。だから……」
 私は小さく息を吐いた。鈴木さんの言葉で、混乱していた頭がようやく繋がる。

 龍棲市では、毎年夏に〝龍神祭〟という祭りが開かれる。
 国を守護する龍神へ感謝を捧げるお祭りだ。
 その日、人々は龍神の姿に扮する。鱗模様のシールを肌へ貼り、龍の角を模した飾りを付けて。
 街全体が幻想的な熱気に包まれるのだ。

 だからこの姿も、ただの祭り用の格好というだけのこと。事実が判明し、少しだけ肩の力が抜けた。
 絵の中の彼は、こちらへ柔らかく微笑んでいた。
 愛おしむような、優しい笑み。
 その視線の先には一体誰がいるのだろう。

「……」
 この絵を見ていると、胸がぎゅっと締め付けられる。
 懐かしい。それと同時に、泣きたくなるほど苦しい。
 この感情は一体なんなんだろう。
 必死に言語化しようと試みるが、三原隊長の声により一時中断することとなった。

「リン、カルシウム、龍由来の霊子反応……」
 何やらぶつぶつと呟いている。
 彼の方に視線を向けると、絵を凝視する瞳が金色に光っていた。

「この鱗と角の部分、龍神の角が使われてるな」
「え? なんで分かるんですか?」
「ああ、それは——」
「三原隊長の退魔能力です!」
 鈴木さんが会話に入ってくる。

「見ただけで物質の成分が分かるんですよ! 金属とか薬品とか、霊子的な素材まで解析出来るんです!」
「へぇ〜、それはすごいですね」
 研究部隊じゃとても重宝されていそうだ。
 私が素直な感想を述べている間、三原隊長は鈴木さんに向けてやれやれといった感じで笑っていた。

「ざっと見た感じ、他に角が使用されている絵はない。龍神の角なんて希少部位をわざわざ使ってるんだ。もしかしたらこの絵の人物は、前世の君にとって特別な存在だったのかもな」
「特別……」

 視線は自然と、絵の中の彼へ向かう。
 優しい笑顔。
 陣によく似た彼。
 胸の中がまた、じんわり熱くなった。

 もし本当に、この人が前世の私にとって特別な存在だったのなら。
 このどうしようもない胸の苦しさにも、ちゃんと理由があるのだろうか。

 物思いに耽っていると端末が鳴った。春野隊長からの通信だ。
『例の絵の人物を特定したわ』
「もうですか? 随分と早いですね」
 ほんの十分程度しか経っていないのにと目を瞬かせる。
『協会の人間だったから、調べるのは楽だったわ。今データを送るわね』

 新しいファイルが転送されてきた。
 バーチャルスクリーンを展開すると、両脇から三原隊長と鈴木さんが覗き込むように寄ってきた。
 表示されたデータには、男性の顔写真と共に名前、役職、簡単な来歴がまとめられていた。
 私はまず顔写真の隣にある項目へ視線を向ける。

「……奥村(おくむら)(じん)――護衛部隊隊長……?」
 聞き慣れない部隊名に小さく首を傾げていると、通信越しの春野隊長が説明してくれた。

『護衛部隊は、龍神が存在していた時代にあった特殊部隊よ。名前の通り龍神の護衛を専門に担っていたの。でも最後の龍神の死と龍永家の滅亡をきっかけに解体された。この人はそんな部隊の最後の隊長さん』

「すごいな、二十五歳で隊長就任だってさ。とんだエリート様だ」
 来歴に目を通していた三原隊長が感嘆の声を上げる。

「……」
 私はもう一度、画面の写真を見た。
 龍神を護るために存在した部隊の隊長。
 そんな人が、どうしてこんなにも陣に似ているんだろう……?