龍棲宮の主

 極秘任務が発令されてから数日後。
 研究室Aでは、私の龍神としての能力覚醒を目的とした検証が連日行われていた。
 医療部隊や解析部隊からも人員が加わり、研究室は常に慌ただしい空気に包まれている。

 霊力負荷をかけたり、過去の文献をもとにした儀式めいた実験を試したり、色々やった。
 けれど結局、能力覚醒へ繋がる明確な糸口は掴めなかった。

「現状、無理に刺激を与えるのは危険かもしれないわね」
 春野隊長はそう結論づけ、ひとまず研究は一時保留となった。
「何か分かったら報告するわ。辰巳は通常任務へ戻ってちょうだい」
「了解しました」

 そうして私は、いつも通り実動部隊としての任務へ戻ることになった。
 研究室を出た直後、左腕の端末が通知音を鳴らす。
 新規の任務データが届いた。歩きながら内容を確認する。

 バーチャルスクリーンへ映し出されたのは、妙にぶれた画像。よく見るとデジタルカメラのような形をしている。その下から、棒みたいな細い二本の黒い脚が生えていた。

「……なにこれ」
 思わず率直な感想が漏れた。

 ◇

 数十分後。
 私はバイクで任務地点へ到着した。
 場所は龍棲市内のとある高校。すでに避難誘導は完了しているらしく、人の気配はない。校門も閉鎖されている。

 さらに敷地全体を囲うように、薄い透明の膜が張られていた。被害拡大を防ぐための封鎖結界だ。
 バイクを路肩へ停め、ヘルメットを外す。風が髪を揺らした。

 改めて端末の任務内容を確認する。
『任務内容:危険度C級妖怪の討伐』
『対象能力:記憶干渉』

「記憶干渉……」
 小さく眉を寄せる。
 詳細欄には、忘れていた記憶を無理やり思い出させると書かれていた。
 厄介な能力だ。
 直接的な戦闘能力が低くても、不意を突かれる可能性がある。
 私は警棒と拳銃の位置を確認し、小さく息を吐いた。

「――さて」
 初めての単独任務、気合いを入れていこう。

 バイクから降りて膜へ近付く。
 薄く揺らめく結界面へ端末をかざす。
『認証確認』
 機械音声と同時に膜の一部が開いた。
 その隙間から校内へ入る。

 本来ならば生徒達で賑わっている場所。でも今は、不気味なほどに静まり返っている。
 私は協会が一時的に預かっている鍵で昇降口を開錠した。

 拳銃を抜き、慎重に校舎の中へ足を踏み入れる。
 廊下には非常灯だけが灯っていた。
 薄暗い。窓ガラスへ映る自分の姿がやけに鮮明に見える。

 左腕の端末を確認する。
 反応は一階。けれど位置が細かく動いている。
「……動き回ってるな」
 足音を殺しながら廊下を進むと、端末の反応値が急激に上昇した。
「!」
 同時に、視界の端を何かが横切った。
 私は即座に駆け出す。

「待て!」
 廊下を曲がった数メートル先、そこに目当ての妖怪がいた。
 想像したままの姿だった。
 デジタルカメラから細長い二本の脚を生やし、カサカサと虫のように動いている。

 迷わず拳銃を構えた。
 バン、と乾いた銃声が校内へ響く。
 けれど妖怪は、信じられない速さで横へよけた。
「っ、速――」

 私は素早く右腕へ爪を走らせた。
 青白い刻印が浮かび上がる。瞬間、身体が一気に軽くなる。
 床を蹴る。
 風のような速度で逃げる妖怪を追った。

 廊下を抜け、階段前へ差しかかる。
 階段を上ろうとしたときだった。
 カシャッと軽快なシャッター音と同時に、強烈なフラッシュが炸裂する。

「っ!?」
 視界が真っ白に塗り潰された。
 目が眩み、指から拳銃が滑り落ちる。
 直後、頭の中に映像が無理やり流れ込んできた。

 そこはアトリエのような場所だった。
 部屋の至るところに油絵と、散乱した画材道具。
 開け放たれた窓の向こうには快晴が広がっていて、空の高さから察するに二階ぐらいの位置にある部屋だ。
 私はその空間を誰かの目越しに見ていた。
 まるでFPSゲームをプレイしているみたいに。

 ――おかしい。
 初めて見る場所のはずなのに。
 ——私はここを知っている……?

 視点の主がゆっくりと窓に近付き、外を見下ろした。
 広がっていたのは、美しく整えられた日本庭園。
 陽光に照らされた庭の中央には、白い服を纏った人影が二つ見える。
 そこで映像は途切れた。

「っ……!」
 はっと我に返る。
 心臓が嫌なほど速く脈打っていた。
「今の、は……いやそれよりも今は——」
 妖怪を追わなければ。

 階段を上り始めてすぐ、異変に気付いた。
 身体がいつも以上に軽い。
 あっという間に上りきった。
 廊下を走っているときも、床を蹴るたびに景色が一気に後ろへ流れていく。

 いつもの強化能力とは明らかに違う。
 速すぎる。
 風を切る音が耳元で唸っていた。
 ――なんで……?

 戸惑いながらも、逃走する妖怪へ追いついた。
 私は左脚のホルスターから警棒を引き抜く。
 同時に内部機構を作動させた。
 ガシャッ、と金属音。
 警棒の表面がスライドし、内蔵された刃がせり出していく。
 伸びた銀色の刀身が、非常灯の光を鋭く反射した。

 そのまま踏み込み一閃する。
 妖怪の身体が真っ二つに裂けた。
 断面から黒い粒子が溢れ、そのまま塵となって崩れていく。

 静まり返った廊下の中、私は消えていく妖怪を見つめながら、さっきの映像について考えていた。
 この妖怪の能力は、忘れていた記憶を思い出させるもの。
 ——……だとしたら。
 あれはなんだったんだろう。

 私はあんな場所知らない、行ったこともない。
 でも強烈な既視感はあった。龍棲宮で感じたものとよく似ている。
 ——もしかしてあれは、前世の記憶……?

 分からないことだらけだ。
 ——能力の威力が突然上がったことも不可解だし。
 協会へ戻ったら、隊長達に相談してみよう。

 ◇

 研究室Aに戻り、先程のことを三原隊長達に話した。
「……なるほどね。とりあえず一度身体検査をしてみようか」
 彼に促され、私は再び検査台へ座らされる。

 数分後。
 モニターを確認していた鈴木さんが小さく息を呑んだ。
「……増えてる」
「え?」
 三原隊長が画面を拡大する。
 私もつられるように視線を向け――言葉を失った。
 脇腹の鱗が増えていた。
 前は左側だけだったはずなのに、今は反対側にも青白い鱗が広がっている。
 ぞわり、と背筋が粟立つ。

 春野隊長と他のメンバーも目を丸くしている。
 三原隊長だけが妙に冷静だった。何か確信を得たような顔をしている。
「前世の記憶を思い出したことで、龍神としての能力が向上したんだろう」
「……記憶で、能力が?」
「ああ」
 彼が頷く。

「今は仮定の段階だが、前世の記憶を取り戻すほど能力が強化され、それに比例して身体的特徴も龍神へ近付いていくんだと思う」
「な、なるほど……」
 あまりにも現実味のない話だ。
 しかし実際に前世の記憶の一部を思い出したタイミングで、能力と身体に変化が起きたのだ。認めざるを得ない。

「検証の価値はありそうだな」
「でもどうやって? 妖怪はもう倒してしまいましたし……」
「それなら、うってつけの場所があるじゃないか」

 三原隊長が口元をふっと緩めて、バーチャルスクリーンを操作する。
 空中へ映し出されたのは――龍棲宮の画像だった。