検査データが上層部へ送られてから数十分後。
研究室に電子音が重なる。私達四人の端末が一斉に震えた。
画面には『特殊任務』の文字。
私は眉を寄せながら、その通知をタップした。
画面いっぱいに赤文字が表示される。
『極秘指定』
その重々しい四文字に、心臓が僅かに張り詰めた。
スクロールして内容を確認する。
『任務責任者:春野恵子』
『任務参加者:三原健志・鈴木真里・中條辰巳』
『追加人員の選定権限は春野恵子へ一任』
「わっ。私の名前もある」
女性が小さく驚いた声を上げ、自分の端末をまじまじと見つめている。
私はさらに画面を下へ送った。
『任務内容:龍神能力の完全覚醒』
「みんな、通知は読んだわね?」
春野隊長が落ち着いた声で口を開く。
「内容の通り、これから私達は辰巳の龍神化について本格的に調査・検証を進めることになるわ」
三原隊長は腕を組みながら「大仕事になりそうだな」と小さく呟いた。
そんな中、女性がこちらへ歩み寄ってきた。
「よろしくお願いします。もう分かってると思いますけど、私は鈴木真里といいます。今年の春に入ったばかりの新人ですが、仲良くしてくださいね」
そう言って、彼女はぺこりと頭を下げる。
「こちらこそよろしくお願いします。私も新人ですので、気軽にお声がけください」
私も頭を下げ返した。
——不思議な感覚だ。
昨日まではただの新人退魔師だったはずなのに。
いつの間にか、自分の存在が国の未来を左右するものになっている。実感が追いつかない。
「今回の任務は極秘指定よ、情報漏洩は厳禁。くれぐれも他言無用でお願いね」
春野隊長の視線が真っ直ぐ私へ向いた。
「特に辰巳。貴女は中條と同居してるぶん、勘付かれる可能性が高い。細心の注意を払いなさい」
「……ということは、じ——中條先輩をメンバーに加えないってことですか?」
「ええ。そのつもりよ」
春野隊長は迷いなく頷く。
「身内に関わる問題だもの。客観性を保てなくなる恐れがあるわ」
否定は出来なかった。
陣ならきっと……私の身に危険が及ぶ可能性があると判断し、抗議に出るだろう。それくらいあの人は過保護だ。
「中條への正式な報告は、ある程度研究が進んでから。それまでは彼にも秘密にしておいて、長期任務へ選抜されたとだけ説明しなさい」
「はい、分かりました」
「それともう一つ」
春野隊長の表情が少し苦くなる。
何か言いづらいことなのだろうか。
「もし仮に、龍神の力が完全なものになったら――上層部は管理と保護の名目で、ほぼ幽閉同然に貴女の身を龍棲宮へ置かせるでしょう」
「……!」
心臓が強く跳ねる。
「そうなれば親しい人達とも今まで通りには会えなくなる。……今のうちに覚悟しておいた方がいいわ」
彼女の話を聞き終えて、真っ先に脳裏へ浮かんだのは、陣の顔だった。
◇
その日の夜。
帰宅した私は、夕食の席で陣へ今日のことを話した。
もちろん詳細は伏せて。
「へぇ、すごいじゃないか。新人で長期任務に選ばれるなんて滅多にないぞ」
陣は感心したように笑った後、すぐに少し真面目な顔になる。
「ただ無茶はするなよ。長期の任務は想像以上に体力を消耗するからな」
「うん。ちゃんと気をつける」
私はそう返しながら、スプーンでカレーを掬った。
今日の夕飯は陣特製のカレーだ。
じっくり煮込まれた野菜は柔らかく、スパイスの香りも絶妙で、自然と食が進む。
本当ならもっと素直に味わえるはずだったのに。今の私は、別のことで頭がいっぱいだ。
自分の運命については、もうある程度受け入れている。
もし本当に龍神になれるのなら。
それで妖怪被害を減らせるのなら。
たとえ自由を失ったとしても、後悔はしないと思う。
ただ、一つだけ気がかりがあった。
私は向かい側でカレーを食べる陣をじっと見つめる。
……私がいなくなった後、彼は大丈夫だろうか。
そんなことを考えていると、テーブルの上に置かれていた陣のスマホが鳴る。
陣は画面を確認すると、「悪い」と短く言って電話へ出た。
「もしもし。……ああ、久しぶり」
声音が少し柔らかい。
私はぼんやりその様子を眺める。
どうやら友人からの電話らしい。楽しそうに話している。
「はは、分かった分かった。必ず予定合わせるから」
やがて通話が終わり、陣はスマホをテーブルへ戻した。
「誰から?」
「大学の友達。今度久しぶりに集まろうって話になってさ」
「へぇ、いいじゃん。たまにはちゃんと息抜きしないとね」
彼の穏やかな表情を見ているうちに、胸の中の不安が少しだけ小さくなった。
陣は昔から交友関係が広い。面倒見もいいし、人に慕われる性格をしている。
だからきっと、私がいなくなっても大丈夫だろう。
もちろん離れ離れになった直後は寂しいかもしれない。私だって悲しくなると思う。
でも時間が経てば、お互い必ず乗り越えられる。だから心配する必要なんてない。
……このときは、本気でそう思っていた。
まだ陣の気持ちに気付いていなかった、この頃の私は——。
研究室に電子音が重なる。私達四人の端末が一斉に震えた。
画面には『特殊任務』の文字。
私は眉を寄せながら、その通知をタップした。
画面いっぱいに赤文字が表示される。
『極秘指定』
その重々しい四文字に、心臓が僅かに張り詰めた。
スクロールして内容を確認する。
『任務責任者:春野恵子』
『任務参加者:三原健志・鈴木真里・中條辰巳』
『追加人員の選定権限は春野恵子へ一任』
「わっ。私の名前もある」
女性が小さく驚いた声を上げ、自分の端末をまじまじと見つめている。
私はさらに画面を下へ送った。
『任務内容:龍神能力の完全覚醒』
「みんな、通知は読んだわね?」
春野隊長が落ち着いた声で口を開く。
「内容の通り、これから私達は辰巳の龍神化について本格的に調査・検証を進めることになるわ」
三原隊長は腕を組みながら「大仕事になりそうだな」と小さく呟いた。
そんな中、女性がこちらへ歩み寄ってきた。
「よろしくお願いします。もう分かってると思いますけど、私は鈴木真里といいます。今年の春に入ったばかりの新人ですが、仲良くしてくださいね」
そう言って、彼女はぺこりと頭を下げる。
「こちらこそよろしくお願いします。私も新人ですので、気軽にお声がけください」
私も頭を下げ返した。
——不思議な感覚だ。
昨日まではただの新人退魔師だったはずなのに。
いつの間にか、自分の存在が国の未来を左右するものになっている。実感が追いつかない。
「今回の任務は極秘指定よ、情報漏洩は厳禁。くれぐれも他言無用でお願いね」
春野隊長の視線が真っ直ぐ私へ向いた。
「特に辰巳。貴女は中條と同居してるぶん、勘付かれる可能性が高い。細心の注意を払いなさい」
「……ということは、じ——中條先輩をメンバーに加えないってことですか?」
「ええ。そのつもりよ」
春野隊長は迷いなく頷く。
「身内に関わる問題だもの。客観性を保てなくなる恐れがあるわ」
否定は出来なかった。
陣ならきっと……私の身に危険が及ぶ可能性があると判断し、抗議に出るだろう。それくらいあの人は過保護だ。
「中條への正式な報告は、ある程度研究が進んでから。それまでは彼にも秘密にしておいて、長期任務へ選抜されたとだけ説明しなさい」
「はい、分かりました」
「それともう一つ」
春野隊長の表情が少し苦くなる。
何か言いづらいことなのだろうか。
「もし仮に、龍神の力が完全なものになったら――上層部は管理と保護の名目で、ほぼ幽閉同然に貴女の身を龍棲宮へ置かせるでしょう」
「……!」
心臓が強く跳ねる。
「そうなれば親しい人達とも今まで通りには会えなくなる。……今のうちに覚悟しておいた方がいいわ」
彼女の話を聞き終えて、真っ先に脳裏へ浮かんだのは、陣の顔だった。
◇
その日の夜。
帰宅した私は、夕食の席で陣へ今日のことを話した。
もちろん詳細は伏せて。
「へぇ、すごいじゃないか。新人で長期任務に選ばれるなんて滅多にないぞ」
陣は感心したように笑った後、すぐに少し真面目な顔になる。
「ただ無茶はするなよ。長期の任務は想像以上に体力を消耗するからな」
「うん。ちゃんと気をつける」
私はそう返しながら、スプーンでカレーを掬った。
今日の夕飯は陣特製のカレーだ。
じっくり煮込まれた野菜は柔らかく、スパイスの香りも絶妙で、自然と食が進む。
本当ならもっと素直に味わえるはずだったのに。今の私は、別のことで頭がいっぱいだ。
自分の運命については、もうある程度受け入れている。
もし本当に龍神になれるのなら。
それで妖怪被害を減らせるのなら。
たとえ自由を失ったとしても、後悔はしないと思う。
ただ、一つだけ気がかりがあった。
私は向かい側でカレーを食べる陣をじっと見つめる。
……私がいなくなった後、彼は大丈夫だろうか。
そんなことを考えていると、テーブルの上に置かれていた陣のスマホが鳴る。
陣は画面を確認すると、「悪い」と短く言って電話へ出た。
「もしもし。……ああ、久しぶり」
声音が少し柔らかい。
私はぼんやりその様子を眺める。
どうやら友人からの電話らしい。楽しそうに話している。
「はは、分かった分かった。必ず予定合わせるから」
やがて通話が終わり、陣はスマホをテーブルへ戻した。
「誰から?」
「大学の友達。今度久しぶりに集まろうって話になってさ」
「へぇ、いいじゃん。たまにはちゃんと息抜きしないとね」
彼の穏やかな表情を見ているうちに、胸の中の不安が少しだけ小さくなった。
陣は昔から交友関係が広い。面倒見もいいし、人に慕われる性格をしている。
だからきっと、私がいなくなっても大丈夫だろう。
もちろん離れ離れになった直後は寂しいかもしれない。私だって悲しくなると思う。
でも時間が経てば、お互い必ず乗り越えられる。だから心配する必要なんてない。
……このときは、本気でそう思っていた。
まだ陣の気持ちに気付いていなかった、この頃の私は——。



