龍棲宮の主

 翌日。午前の任務を終えた私は、協会へ戻ったあと陣と別れた。
 理由はもちろん、昨日現れた鱗について調べるためだ。
 ――とりあえずまずは……研究部隊に行ってみようかな。
 一般的な病状じゃないのできっと専門はあちらのはずだ。

 数分後、研究部隊のオフィスの前へ辿り着いた。
 自動扉が開き中へ足を踏み入れると、薬品と機械油が混ざった独特の匂いが鼻を掠める。
 壁際には見たこともない測定機器、ほとんどの机の上には資料や電子端末が山積みになっていた。

「おや?」
 不意に声が聞こえたのでそちらを向くと、白衣を着た女性と目が合った。
 栗色のボブヘアに丸眼鏡。歳は私と同じくらいだろうか。
 彼女はぱちぱちと目を瞬かせた後、にこやかにこちらへ駆け寄ってきた。

「どうかされましたか?」
「あ、はい。その……少しご相談したいことがあって……」
 話しながら私はさりげなく周囲を確認する。
 オフィス内にいるのはどうやら彼女だけらしい。少なくとも今は人目を気にせず話が出来そうだ。
 緊張をほぐすように小さく息を吸い込む。
「実は――」
 昨日の出来事を簡潔に説明し、制服の裾を持ち上げる。

「……っ!」
 脇腹に浮かぶ青白い鱗を目にした途端、女性の表情が一変した。
 さっきまでの柔らかな雰囲気が消え失せ、瞳に鋭い光が宿る。研究者の顔だった。

「これ……――!」
 彼女が何かを言いかけたタイミングで--。
「はぁー、やっと始末書書き終わった……」
 気怠げな声と共に自動扉が開いた。
 入ってきたのは四十代くらいの男性。
 無造作に撫でつけられた黒髪に、細縁の眼鏡。白衣の下は少し着崩したシャツ姿で、片手には缶コーヒーが握られている。

 ——たしか彼は、研究部隊の隊長さん。
 名前は三原(みはら)健志(たけし)といったはず。
 昨日の妖怪脱走騒ぎでかなり忙しかったのだろう。疲労の色が隠しきれていない。

「隊長!」
 女性が勢いよく彼に駆け寄り、私の状態について説明し始めた。
 三原隊長は最初こそ気のない表情で聞いていたけれど、途中から徐々に顔つきを変えていった。
 全てを聞いた後、こちらへ訝しげな視線を向けてくる。

「……ちょっと見せてもらっていい?」
「はい」
 私は再び服を捲り脇腹を見せた。
「……ほう」
 三原隊長が低く声を漏らす。
 興味深そうにこちらへ歩み寄ると、その場へ屈み込んだ。間近で鱗をじっと観察する。
 その際、気のせいだろうか。一瞬だけ彼の瞳が金色に光ったように見えた。

「ケラチン組成に……龍由来の霊子反応……? まさか本当に……」
 ぶつぶつと独り言を零しながら、何やら考え込んでいる。
 数秒後、彼がすっと立ち上がった。
「君、名前は?」
「中條辰巳です」
「中條くん、このあと予定はあるかな」
「いえ、特には」
「なら少し付き合ってくれ」

 ◇

 通されたのは研究室Aと書かれた場所だった。
 中には大型の機械がいくつも並んでいる。
 その他にも透明なカプセル、天井から伸びる無数のコード——まるでSF映画に出てくる施設のようだ。

 私は検査台へ座らされ、様々な検査を受けた。
 血液採取、霊子スキャン、全身の波長測定——。
 見たこともない装置が次々と身体へ向けられ、気持ちが落ち着かない。
 
 女性と三原隊長は、表示されるデータを真剣な顔で確認している。
 やがて女性が沈黙を破った。
「……一致率、九十二パーセント」
 彼女の声は震えていた。
「中條さんの鱗と、龍神の鱗の成分構成が酷似しています」
「え……?」
 私は意味が分からず二人を見た。

「——龍永家には〝始祖返り〟という伝承がある」
 三原隊長が眼鏡を押し上げ語り始める。
「龍神の血を濃く受け継いだ者は、龍神と人間の間に出来た最初の子供——つまり龍永の始祖の生まれ変わりだという言い伝えだ」
 彼が真っ直ぐ私を見る。

「中條辰巳くん。君は――龍永の始祖、その転生体である可能性がある」



 数分後、三原隊長に呼ばれて一人の人物が研究室にやってきた。
 黒のショートカットの、四十代半ばほどの女性。
 私の直属の上司、実動部隊隊長・春野恵子さんだ。

 三原隊長がバーチャルスクリーンをこちらに見えやすいように移動させる。そこには古い文献の画像が映し出されていた。
 崩し字混じりの文章と、人体の一部が描かれている。人体の絵にはどれも爪で引っかかれたような痕があった。

「龍永家の記録によれば、龍神は伴侶となる人間へ加護を与えていたらしい。身体能力や退魔能力を増幅し、妖怪への耐性を高める力だ」
 その説明に春野隊長が眉間に皺を寄せ、顎に手を当てる。
「辰巳の能力と同じ……偶然にしては出来過ぎてるわね」

 私は無意識に自分の両手に視線を落とした。
「つまり私のこの能力は、単なる退魔能力じゃなくて龍神固有の力ってことですか?」
「ああ、そうなるな」
 三原隊長が即答する。
「加護、妖怪発生抑制の他にもう一つ、龍神には一定の範囲内にいる妖怪を消滅させる力もある。昨日君がやったのはそれだろう」

 ここまで口にすると、彼は期待のこもった目で真っ直ぐこちらを見据えた。
「最後の龍神の死後、妖怪被害は激増した。もし君が完全に覚醒すれば——昔みたいな平和な世界を取り戻せるかもしれない」
「……!」

 胸が大きく脈打つ。
 幼い頃から感じていた説明できない感覚。
 ここが自分の居場所だという確信。
 妖怪を倒さなければならないという焦燥。
 その正体が、今なら分かる気がした。

「——どうすれば」
 気付けば言葉が零れていた。
 三人の視線が集まる。
「どうすれば、龍神の力を目覚めさせることが出来ますか?」

 私はきっと、龍神になるために生まれてきたんだ。