「陣、苦しい……」
「あ、悪い」
ぎゅうぎゅうと私を抱き締めていた腕が少しだけ緩む。ようやく息がしやすくなって、私は陣の顔を見上げた。
「嘴霊は?」
「大丈夫だ。もう消滅した」
「そっか……」
ほっと胸を撫で下ろす。
けれど安心したのも束の間だった。改めて見ると陣はあちこち傷だらけだ。制服は裂け、ところどころ血に濡れている。奴との戦闘の苛烈さが窺える。
これだけの傷を負いながらも、生きていてくれて本当に良かった。
「中の様子は?」
「妖怪がまだいっぱい残ってる。私の力じゃ、全部には届かないかもしれない」
春野隊長に見せてもらった端末には、工場内のあちこちに妖怪反応が表示されていた。
建物は広い。隅々まで消滅の力は届かないだろう。
「分かった。じゃあ、お前はここでできるだけ最大出力で消滅の力を使っててくれ。俺は範囲外の妖怪を倒してくる」
「——っ、待って!」
歩き出そうとした陣の腕を私は咄嗟に掴んだ。
「だめだよそんな怪我で……」
今の陣はまともに戦える状態じゃない。このまま危険な場所へ行かせたら——。
「ここにいて。私のそばなら安全だから」
思わず縋るような声になった。
陣はそんな私を見つめて、安心させるように微笑む。
「俺がそこらの雑魚にやられると思うか? 心配するな、怪我も見た目ほどひどいもんじゃない」
「でも——」
「辰巳」
優しい声で私の名前を呼び、陣は額を私の額へそっと重ねた。
「約束する、必ずお前のところに戻ってくる。だから……行かせてくれ」
「……」
しばらく迷った。
私は彼に死んでほしくない。だから本音を言えばすぐに嫌だと叫びたかった。
でも「必ず戻ってくる」と彼が言っているのだ。好きな人の言葉を信じられなくてどうする。
「——分かった。ならせめて……」
私は小さく息をつくと、陣の左頬へ手を伸ばした。その意図を察したのか、陣はゆっくりと片膝をつく。
——貴方の無事を祈って。
彼の顔を優しく上向かせる。
——もう二度と、大切な人を失わないために。
「最愛の貴方へ、恒久の加護、伴侶の刻印を」
彼の左の頬へ爪を立てる。
引っ掻いた箇所から青白い光が、これまでとは比べものにならないほど強く弾けた。
光は陣の頬を包み込み、やがて静かに収束していく。
そうして無事、淡い光を宿した刻印が施された。
陣はそれを指先でなぞり、満足そうに目を細める。その顔は、今まで見たことがないほど幸せに満ちていた。
「——行ってくる」
陣は立ち上がり私に口付けると、工場の中へ入っていった。
私はその背中を見送った後、両手を合わせ意識を集中させる。
身体の中から湧き上がる力を、少しずつ外へ解き放っていく。
青白い光が広がる。
雨に濡れた地面を照らし、工場の壁を越え、さらにその先へ。
目を閉じると遠くの方から銃声と何かが激しくぶつかる音、そして妖怪の咆哮が聞こえてきた。
——どうか陣も、皆も無事でありますように。
祈りながら私は消滅の力を使い続けた。
どれくらいそうしていただろう。
やがて遠くから聞こえていた喧騒が少しずつ小さくなっていく。
雨足もいつの間にか弱まっており、ゆっくりと目を開けると、厚い雲の切れ間から柔らかな太陽の光が差し込んでいた。
「辰巳」
その声に振り返る。
通路の奥からやってきた陣がこちらへ手を振っていた。その隣には春野隊長もいる。
「殲滅完了よ」
春野隊長が向けた端末の画面には、妖怪反応が一切なかった。
「よく頑張ったわね。もう大丈夫よ」
「……」
その言葉を聞いた途端、全身から力が抜ける。
膝が地面へ落ちる寸前、慌てて駆け寄ってきた陣が私の身体を支えてくれた。
その腕の温もりを感じながら、私はようやく戦いが終わったことを実感した。
「あ、悪い」
ぎゅうぎゅうと私を抱き締めていた腕が少しだけ緩む。ようやく息がしやすくなって、私は陣の顔を見上げた。
「嘴霊は?」
「大丈夫だ。もう消滅した」
「そっか……」
ほっと胸を撫で下ろす。
けれど安心したのも束の間だった。改めて見ると陣はあちこち傷だらけだ。制服は裂け、ところどころ血に濡れている。奴との戦闘の苛烈さが窺える。
これだけの傷を負いながらも、生きていてくれて本当に良かった。
「中の様子は?」
「妖怪がまだいっぱい残ってる。私の力じゃ、全部には届かないかもしれない」
春野隊長に見せてもらった端末には、工場内のあちこちに妖怪反応が表示されていた。
建物は広い。隅々まで消滅の力は届かないだろう。
「分かった。じゃあ、お前はここでできるだけ最大出力で消滅の力を使っててくれ。俺は範囲外の妖怪を倒してくる」
「——っ、待って!」
歩き出そうとした陣の腕を私は咄嗟に掴んだ。
「だめだよそんな怪我で……」
今の陣はまともに戦える状態じゃない。このまま危険な場所へ行かせたら——。
「ここにいて。私のそばなら安全だから」
思わず縋るような声になった。
陣はそんな私を見つめて、安心させるように微笑む。
「俺がそこらの雑魚にやられると思うか? 心配するな、怪我も見た目ほどひどいもんじゃない」
「でも——」
「辰巳」
優しい声で私の名前を呼び、陣は額を私の額へそっと重ねた。
「約束する、必ずお前のところに戻ってくる。だから……行かせてくれ」
「……」
しばらく迷った。
私は彼に死んでほしくない。だから本音を言えばすぐに嫌だと叫びたかった。
でも「必ず戻ってくる」と彼が言っているのだ。好きな人の言葉を信じられなくてどうする。
「——分かった。ならせめて……」
私は小さく息をつくと、陣の左頬へ手を伸ばした。その意図を察したのか、陣はゆっくりと片膝をつく。
——貴方の無事を祈って。
彼の顔を優しく上向かせる。
——もう二度と、大切な人を失わないために。
「最愛の貴方へ、恒久の加護、伴侶の刻印を」
彼の左の頬へ爪を立てる。
引っ掻いた箇所から青白い光が、これまでとは比べものにならないほど強く弾けた。
光は陣の頬を包み込み、やがて静かに収束していく。
そうして無事、淡い光を宿した刻印が施された。
陣はそれを指先でなぞり、満足そうに目を細める。その顔は、今まで見たことがないほど幸せに満ちていた。
「——行ってくる」
陣は立ち上がり私に口付けると、工場の中へ入っていった。
私はその背中を見送った後、両手を合わせ意識を集中させる。
身体の中から湧き上がる力を、少しずつ外へ解き放っていく。
青白い光が広がる。
雨に濡れた地面を照らし、工場の壁を越え、さらにその先へ。
目を閉じると遠くの方から銃声と何かが激しくぶつかる音、そして妖怪の咆哮が聞こえてきた。
——どうか陣も、皆も無事でありますように。
祈りながら私は消滅の力を使い続けた。
どれくらいそうしていただろう。
やがて遠くから聞こえていた喧騒が少しずつ小さくなっていく。
雨足もいつの間にか弱まっており、ゆっくりと目を開けると、厚い雲の切れ間から柔らかな太陽の光が差し込んでいた。
「辰巳」
その声に振り返る。
通路の奥からやってきた陣がこちらへ手を振っていた。その隣には春野隊長もいる。
「殲滅完了よ」
春野隊長が向けた端末の画面には、妖怪反応が一切なかった。
「よく頑張ったわね。もう大丈夫よ」
「……」
その言葉を聞いた途端、全身から力が抜ける。
膝が地面へ落ちる寸前、慌てて駆け寄ってきた陣が私の身体を支えてくれた。
その腕の温もりを感じながら、私はようやく戦いが終わったことを実感した。



