連休最終日の今日は待ちに待った龍神祭。
日がすっかり沈んだ頃、私達は浴衣姿で祭り会場へ向かった。
私は淡い水色の浴衣。生地には白銀の波模様と、小さな朝顔が散るように描かれている。
浴衣の下には鱗バレ防止用の長袖のインナーを着た。正直今すぐ脱ぎたいくらいだけど、背に腹は代えられない。
髪はハーフアップにまとめ、銀色の簪を一本だけ差している。
一方の陣は、黒地に濃紺の縦縞が入った浴衣だ。
帯も黒で、全体的に落ち着いた色合いだが、スタイルが良いので自然と目を引く。
祭り会場へ近付くにつれ、賑やかな音が耳へ届いてきた。
祭囃子に遠くから聞こえる太鼓の音。
街全体が浮き立っているみたいだ。
龍神祭は龍棲市で最も大きなお祭りだ。
大通り一帯が歩行者天国になっていて、通りの両側にはずらりと出店が並んでいる。
「あっ、見て兄さん」
龍神祭らしい露店を発見して指を差す。
鱗模様のシールに、龍の角を模したカチューシャ。龍神なりきりグッズが売られているお店だ。
シールもカチューシャも、様々な色が揃っている。
並べられた商品の中から、青白色のシールとカチューシャを二つずつ購入した。
「せっかくだし兄さんも付けて」
私が腕を伸ばすと、陣はカチューシャを付けやすいように屈んでくれた。
彼に付け角を装着したあと自分にも付けて、今度は鱗のシールを取り出す。
それを陣の頬と腕へペタペタと貼っていく。
「うん、似合ってる」
付け角もシールも、付近の屋台の照明にキラキラと照らされていてとても綺麗だ。
ここでふと、いつぞや龍神のアトリエで目にした陣のそっくりさんの絵を思い出した。
護衛部隊隊長・奥村仁が描かれた油絵。
たぶん今陣が身につけている浴衣も鱗も角も、絵の中の彼と同じ色だったからだろう。
ぼうっとしていると、手の中にあったもう一枚のシールを陣に奪われた。
「お前の分は兄さんがやってやる」
そう言って、私が彼にやったように頬にペタペタと貼っていく。
「残りは——ここにするか」
腕はインナーを着ていて出来ないからと、余ったシールを首筋へそっと貼り付けてきた。
ひんやりした感触に肩が小さく跳ねる。
「くすぐったいよ」
「ああ、ごめんな。もう少しで終わるから」
謝ってはいるものの、こちらの反応を楽しんでいるのは表情で伝わってきた。
こうしてお互い龍神の仮装が完了し——。
「花火が始まる時間まで、出店を見て回ろ」
私の提案に、陣は「ああ」と頷いた。
まず最初に立ち寄ったのはりんご飴の屋台。
赤く艶々したりんご飴が並ぶ光景は、見ているだけでテンションが上がる。
「兄さん、どっちが綺麗な形してると思う?」
「どっち選んだって、味は変わらないぞ?」
「もう、こういうのは気分が大事なの」
私は真剣に吟味した末、一番右にあるものを選んだ。
齧ると、飴の甘さとりんごの酸味が口いっぱいに広がる。
「おいしい」
「良かったな」
幸せそうに頬に手を当てる私を見て、陣が少し笑う。
次に向かったのは射的屋。
「兄さん、あれ取って」
「おう、任せろ」
難易度の高そうな熊のぬいぐるみを指定したのに対し、陣はあっさりと了承した。
そしてあっさりと撃ち落とした。
「ほら」
私は礼を言ってぬいぐるみを受け取り、大事に両手で抱えた。
その後は焼きそばの屋台へ。
鉄板の上でジュウジュウ音を立てるソースの匂いに引き寄せられたのだ。
ソースの濃い味付けと紅生姜の香りが最高だった。
「祭りの食べ物って、どうしてこんなに美味しく感じるんだろうな」
隣で口に青のりを付けている陣を見て笑う。
――こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
なんて、叶わない願いが芽生えていた。
次はどこに行こうかと歩いていると。
「……あれ?」
少し離れた場所で、小さな女の子が一人でぽつんと立っていることに気付いた。
きょろきょろと辺りを見回し、不安そうに唇を噛んでいたので、迷子だろうと察し駆け寄る。
「どうしたの?」
しゃがみ込んで目線を合わせる。
女の子はびくっと肩を震わせたあと、泣きそうな顔で口を開いた。
「お母さんとはぐれたの……」
「そっか」
私は出来るだけ安心させるように微笑んだ。
「大丈夫。お姉さん達も一緒に探すからね」
背後から陣も歩み寄ってくる。
「迷子か?」
「うん」
私が頷くと、陣は女の子へ優しく視線を向ける。
「お母さんが着ていた服とか、教えてくれる?」
女の子はこくりと頷き、訥々と説明してくれた。
私達はそのまま、女の子と一緒に祭り会場を歩き回る。
それからしばらくして。
「あっ……! あの人じゃない?」
私が指差した先に、青ざめた顔で辺りを探し回っている女性がいた。
女の子から聞いた特徴と一致している。
女の子がぱっと顔を明るくし駆け出す。
「お母さん!」
気付いた女性が、涙ぐみながら彼女を抱き締めた。
「良かった……! 本当に良かった……!」
「ごめんなさい……」
母子の再会に、私はほっと胸を撫で下ろす。
母親は何度も頭を下げてきた。
「ありがとうございます、本当に……!」
「いえ、気にしないでください」
私と陣は笑って手を振る。
「無事見つかって良かったです」
そうして私達は母子と別れた。
その直後。
「お母さん見てっ! 雪!」
女の子のはしゃいだ声が背後から聞こえる。
私達はその声につられて振り返った。
「え?」
母親は空を見上げて固まっていた。
彼女達の頭上にはちらちらと白いものが舞っていた。
雪だ。
真夏の夜空から、ありえないはずの雪が降ってきている。
ただそれよりも目を引くものに、背筋がぞわりと粟立った。
母子の丁度真上の空に、穴が開いている。
黒く歪んだ裂け目。
その奥は、底の見えない闇だった。
雪はそこから零れ落ちてきている。
私と陣は同時に駆け出した。
危険だと本能が告げている。
私達は母子を突き飛ばすようにして、その場から退かせた。
次の瞬間。
轟音と共に、穴の中から巨大な節足が降ってきた。
周囲がざわめく。
空を見上げた人々が次々に悲鳴を上げ始めた。
黒い穴の奥からずるりと大きな影が溢れ落ちてくる。
現れたのは巨大な蜘蛛だった。
家屋ほどもある巨体、漆黒の外殻。
何本もの脚が、地面へ着地するたびアスファルトを砕いていく。
八つの目がぎらりと光った。
大蜘蛛が口から白い糸を吐き出す。
糸が屋台へ触れた途端、そこから一気に氷が広がった。
屋台が凍り付く。
提灯が、地面が、空気までもが白く染まっていく。
真夏の祭り会場が、一瞬で真冬のような光景へ変わっていった。
「きゃあああっ!!」
「逃げろー!!」
人々が悲鳴を上げ、我先に逃げ出す。
混乱した群衆が押し合い、転び、泣き叫ぶ。
その間にも大蜘蛛は次々と糸を撒き散らしていた。
触れた場所が瞬く間に氷結していく。
焼きそば屋台が、射的屋が、りんご飴の屋台が。
音を立てて凍り付いていく。
私は呆然と立ち尽くしたまま、何かの気配に気付き遠くへ視線を向けた。
祭り会場の外れ。一本の電柱の上に人影が見える。
いや、人じゃない。
月明かりを背負ったその影には、漆黒の翼が生えていた。
その他にも鋭く突き出した嘴に、鳥類を思わせる三前趾足。
異形の姿を目にした途端、胸がざわつく。
どこかで見たことがある、けれど思い出せない。
影はこちらを見下ろしていたが、不意に翼を大きく広げ、夜空へ舞い上がる。
「あっ……!」
反射的に追いかけようとして足を踏み出したが、すぐに我に返った。
今はあの化け物を追うより、目の前の被害を止める方が先だ。
「兄さん!」
私が顔を向けると、陣の耳元には既にスマホがあった。
「協会にはもう連絡した! 応援が来るまで、俺達で食い止めるぞ!」
「うん!」
私は即座にインナーを捲ると同時に、右腕へ爪を走らせた。
青白い刻印が浮かび上がる。
熱が身体中へ駆け巡り、感覚が研ぎ澄まされる。
続けていつの間にかシールが剥がされていた陣の左頬へ爪を走らせた。
薄く裂けた皮膚から、青白い光が滲む。
陣の瞳が鋭く細まった。
日がすっかり沈んだ頃、私達は浴衣姿で祭り会場へ向かった。
私は淡い水色の浴衣。生地には白銀の波模様と、小さな朝顔が散るように描かれている。
浴衣の下には鱗バレ防止用の長袖のインナーを着た。正直今すぐ脱ぎたいくらいだけど、背に腹は代えられない。
髪はハーフアップにまとめ、銀色の簪を一本だけ差している。
一方の陣は、黒地に濃紺の縦縞が入った浴衣だ。
帯も黒で、全体的に落ち着いた色合いだが、スタイルが良いので自然と目を引く。
祭り会場へ近付くにつれ、賑やかな音が耳へ届いてきた。
祭囃子に遠くから聞こえる太鼓の音。
街全体が浮き立っているみたいだ。
龍神祭は龍棲市で最も大きなお祭りだ。
大通り一帯が歩行者天国になっていて、通りの両側にはずらりと出店が並んでいる。
「あっ、見て兄さん」
龍神祭らしい露店を発見して指を差す。
鱗模様のシールに、龍の角を模したカチューシャ。龍神なりきりグッズが売られているお店だ。
シールもカチューシャも、様々な色が揃っている。
並べられた商品の中から、青白色のシールとカチューシャを二つずつ購入した。
「せっかくだし兄さんも付けて」
私が腕を伸ばすと、陣はカチューシャを付けやすいように屈んでくれた。
彼に付け角を装着したあと自分にも付けて、今度は鱗のシールを取り出す。
それを陣の頬と腕へペタペタと貼っていく。
「うん、似合ってる」
付け角もシールも、付近の屋台の照明にキラキラと照らされていてとても綺麗だ。
ここでふと、いつぞや龍神のアトリエで目にした陣のそっくりさんの絵を思い出した。
護衛部隊隊長・奥村仁が描かれた油絵。
たぶん今陣が身につけている浴衣も鱗も角も、絵の中の彼と同じ色だったからだろう。
ぼうっとしていると、手の中にあったもう一枚のシールを陣に奪われた。
「お前の分は兄さんがやってやる」
そう言って、私が彼にやったように頬にペタペタと貼っていく。
「残りは——ここにするか」
腕はインナーを着ていて出来ないからと、余ったシールを首筋へそっと貼り付けてきた。
ひんやりした感触に肩が小さく跳ねる。
「くすぐったいよ」
「ああ、ごめんな。もう少しで終わるから」
謝ってはいるものの、こちらの反応を楽しんでいるのは表情で伝わってきた。
こうしてお互い龍神の仮装が完了し——。
「花火が始まる時間まで、出店を見て回ろ」
私の提案に、陣は「ああ」と頷いた。
まず最初に立ち寄ったのはりんご飴の屋台。
赤く艶々したりんご飴が並ぶ光景は、見ているだけでテンションが上がる。
「兄さん、どっちが綺麗な形してると思う?」
「どっち選んだって、味は変わらないぞ?」
「もう、こういうのは気分が大事なの」
私は真剣に吟味した末、一番右にあるものを選んだ。
齧ると、飴の甘さとりんごの酸味が口いっぱいに広がる。
「おいしい」
「良かったな」
幸せそうに頬に手を当てる私を見て、陣が少し笑う。
次に向かったのは射的屋。
「兄さん、あれ取って」
「おう、任せろ」
難易度の高そうな熊のぬいぐるみを指定したのに対し、陣はあっさりと了承した。
そしてあっさりと撃ち落とした。
「ほら」
私は礼を言ってぬいぐるみを受け取り、大事に両手で抱えた。
その後は焼きそばの屋台へ。
鉄板の上でジュウジュウ音を立てるソースの匂いに引き寄せられたのだ。
ソースの濃い味付けと紅生姜の香りが最高だった。
「祭りの食べ物って、どうしてこんなに美味しく感じるんだろうな」
隣で口に青のりを付けている陣を見て笑う。
――こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
なんて、叶わない願いが芽生えていた。
次はどこに行こうかと歩いていると。
「……あれ?」
少し離れた場所で、小さな女の子が一人でぽつんと立っていることに気付いた。
きょろきょろと辺りを見回し、不安そうに唇を噛んでいたので、迷子だろうと察し駆け寄る。
「どうしたの?」
しゃがみ込んで目線を合わせる。
女の子はびくっと肩を震わせたあと、泣きそうな顔で口を開いた。
「お母さんとはぐれたの……」
「そっか」
私は出来るだけ安心させるように微笑んだ。
「大丈夫。お姉さん達も一緒に探すからね」
背後から陣も歩み寄ってくる。
「迷子か?」
「うん」
私が頷くと、陣は女の子へ優しく視線を向ける。
「お母さんが着ていた服とか、教えてくれる?」
女の子はこくりと頷き、訥々と説明してくれた。
私達はそのまま、女の子と一緒に祭り会場を歩き回る。
それからしばらくして。
「あっ……! あの人じゃない?」
私が指差した先に、青ざめた顔で辺りを探し回っている女性がいた。
女の子から聞いた特徴と一致している。
女の子がぱっと顔を明るくし駆け出す。
「お母さん!」
気付いた女性が、涙ぐみながら彼女を抱き締めた。
「良かった……! 本当に良かった……!」
「ごめんなさい……」
母子の再会に、私はほっと胸を撫で下ろす。
母親は何度も頭を下げてきた。
「ありがとうございます、本当に……!」
「いえ、気にしないでください」
私と陣は笑って手を振る。
「無事見つかって良かったです」
そうして私達は母子と別れた。
その直後。
「お母さん見てっ! 雪!」
女の子のはしゃいだ声が背後から聞こえる。
私達はその声につられて振り返った。
「え?」
母親は空を見上げて固まっていた。
彼女達の頭上にはちらちらと白いものが舞っていた。
雪だ。
真夏の夜空から、ありえないはずの雪が降ってきている。
ただそれよりも目を引くものに、背筋がぞわりと粟立った。
母子の丁度真上の空に、穴が開いている。
黒く歪んだ裂け目。
その奥は、底の見えない闇だった。
雪はそこから零れ落ちてきている。
私と陣は同時に駆け出した。
危険だと本能が告げている。
私達は母子を突き飛ばすようにして、その場から退かせた。
次の瞬間。
轟音と共に、穴の中から巨大な節足が降ってきた。
周囲がざわめく。
空を見上げた人々が次々に悲鳴を上げ始めた。
黒い穴の奥からずるりと大きな影が溢れ落ちてくる。
現れたのは巨大な蜘蛛だった。
家屋ほどもある巨体、漆黒の外殻。
何本もの脚が、地面へ着地するたびアスファルトを砕いていく。
八つの目がぎらりと光った。
大蜘蛛が口から白い糸を吐き出す。
糸が屋台へ触れた途端、そこから一気に氷が広がった。
屋台が凍り付く。
提灯が、地面が、空気までもが白く染まっていく。
真夏の祭り会場が、一瞬で真冬のような光景へ変わっていった。
「きゃあああっ!!」
「逃げろー!!」
人々が悲鳴を上げ、我先に逃げ出す。
混乱した群衆が押し合い、転び、泣き叫ぶ。
その間にも大蜘蛛は次々と糸を撒き散らしていた。
触れた場所が瞬く間に氷結していく。
焼きそば屋台が、射的屋が、りんご飴の屋台が。
音を立てて凍り付いていく。
私は呆然と立ち尽くしたまま、何かの気配に気付き遠くへ視線を向けた。
祭り会場の外れ。一本の電柱の上に人影が見える。
いや、人じゃない。
月明かりを背負ったその影には、漆黒の翼が生えていた。
その他にも鋭く突き出した嘴に、鳥類を思わせる三前趾足。
異形の姿を目にした途端、胸がざわつく。
どこかで見たことがある、けれど思い出せない。
影はこちらを見下ろしていたが、不意に翼を大きく広げ、夜空へ舞い上がる。
「あっ……!」
反射的に追いかけようとして足を踏み出したが、すぐに我に返った。
今はあの化け物を追うより、目の前の被害を止める方が先だ。
「兄さん!」
私が顔を向けると、陣の耳元には既にスマホがあった。
「協会にはもう連絡した! 応援が来るまで、俺達で食い止めるぞ!」
「うん!」
私は即座にインナーを捲ると同時に、右腕へ爪を走らせた。
青白い刻印が浮かび上がる。
熱が身体中へ駆け巡り、感覚が研ぎ澄まされる。
続けていつの間にかシールが剥がされていた陣の左頬へ爪を走らせた。
薄く裂けた皮膚から、青白い光が滲む。
陣の瞳が鋭く細まった。



