龍棲宮の主

 遠くから昼休みを告げるチャイムが聞こえてきた。
「あー……もうこんな時間か」
 三原隊長が気怠げに頭を掻く。
「探索は一旦中断、飯にしよう。昼休みが終わったら、またここに集合な」
 そう言って彼はアトリエを去っていった。

 その後、鈴木さんが少し遠慮がちにこちらを見る。
「あの、辰巳さん。良かったら一緒にお昼食べませんか?」
「ええ、ぜひ」
「やった」
 嬉しそうに彼女は笑った。
 可愛らしい人だ。

 私達もアトリエを出ようとしたタイミングで、スマホが震えた。
 陣からのメールだ。

『昼、一緒にどうだ?』

 少しの申し訳なさを感じつつ『今日は先約があるから。ごめん』と送る。
 すぐに『了解。楽しんでこい』と返ってきた。
 相変わらず返信が早い。

 その後、私達は協会の食堂へ移動した。
 昼時ということもあり、かなり賑わっている。

 私は唐揚げ定食を注文した。
 大きめの唐揚げが五個に、山盛りの千切りキャベツ。味噌汁と白米付き。
 鈴木さんはクリームパスタとサラダのセットを頼んでいた。

「いただきます」
「いただきます」
 向かい合って食べ始める。
 食べながら鈴木さんとたわいないことを喋っているうちに、いつしか話題は私と陣のことになった。

「へぇ〜、辰巳さんと中條先輩って義兄妹なんですね」
「はい。児童養護施設で知り合って」
 唐揚げを箸でつつきながら、懐かしむように話す。
「施設に入ったばかりの頃、周りと馴染めなかったときに気にかけてくれたのが陣なんです」

 あの頃のことは今でもよく覚えている。
 周りは知らない人だらけで、知らない国に来たみたいですごく怖かった。
 そんなとき、最初に声を掛けてくれたのが陣だったのだ。
「そこからずっと一緒に遊ぶようになって」
 自然と口元が緩む。

 鬼ごっこをしたり、本を読んだり、施設の庭で虫取りをしたり。
 気付けばいつも隣に陣がいて、この頃から私は彼を本当の兄のように慕っていた。

「中條さんって、本当にお兄さんのこと大好きなんですね」
 鈴木さんがくすりと笑いながら言う。
 そんなふうに言葉にされると、なんだか急に気恥ずかしくなってくる。
「まぁ……はい」
 視線を逸らしながら小さく頷く。
 鈴木さんはそんな私を見て楽しそうに笑った。

 それから少し雑談を続けた後、鈴木さんは一足先に席を立った。
「ごちそうさまでした。じゃあ私、午後の準備があるので先に戻ってますね」
「はい、お疲れ様です」
 手を振りながら、鈴木さんはトレーを持って離れていく。
 私は一人で昼食を再開した。

 そこから一分も経たずに。
「ここ、いいか?」
 聞き慣れた声が降ってくる。
 顔を上げると、正面に陣が立っていた。
 もう食べ終えたのか、それともこれから注文する予定なのか、手には何も持っていない。

 彼は自然な動作で、さっきまで鈴木さんが座っていた席へ腰を下ろす。
「いつの間に他部隊の人と仲良くなったんだ?」
「今やってる任務で、話す機会が増えたから――」
 そこまで言ったところで、陣の手が私の唐揚げへ伸びた。
 私は咄嗟に皿を持ち上げ、じとりとした目で陣を睨みつける。

「食べたいなら自分で買って」
「なんだよ別にいいだろ? 〝大好きな兄さん〟に、一個くらい分けてくれたって」
「なっ――!?」
 にやりと笑う彼の言葉に顔が一気に熱くなる。
「聞いてたの!?」
 私の反応に陣は肩を揺らして笑った。
「いやぁ、たまたま近くの席で食べてたら聞こえてきてな」
「最悪……」
 羞恥で頭を抱えたくなる。
 まさか本人に聞かれていたなんて。
 しかもその本人が妙に上機嫌なのも相まって、腹立たしさも出てきた。

「——それで? 兄さんはわざわざ妹をからかいに来たの?」
 むっとした顔のまま悪態をつくと、陣は何かを思い出したように「そうだ」と呟いた。
「お前に伝えなきゃいけないことがあるんだった。俺も長期の任務が入って、出張することになった」
「出張? どこに行くの?」
「隣の県まで」と彼が短く答える。

「そっか。気をつけて行ってきてね」
「ああ。任務自体はそんなに危険なものじゃないから、次の連休までには戻ってくるよ。——だから俺が帰ったら、この前言ってた絵を見に行こう」
 この間話したコンテストで入賞した絵のことだ。覚えていてくれたんだと内心嬉しくなる。

「うん、約束ね。——あっそうだ、たしかそのお休みの日に龍神祭も開かれるよね? そこにも行こうよ」
 龍棲市の夏祭り。街全体が賑やかになる、一年で一番大きなイベントだ。
 陣は少し驚いたように目を瞬かせた後、柔らかく笑った。
「いいな。久しぶりに屋台でも回るか」