「行きたくない」と言おうとしたのか、それとも「好き」と言おうとしたのか。
だけど、駅の発車メロディがホームに鳴り響き、彼女の声を無情にも掻き消していく。
葵は、掴んでいた手をそっと離した。
そして、涙を堪えるようにぐっと唇を噛み締め、人生で一番の笑顔を作った。
「バイバイ、蓮くん! 出会ってくれて、ありがとう!」
「うん。葵も。……頑張れ! 誰よりも輝いてこい!」
開いたドアの向こうへ、葵の背中が吸い込まれていく。
席に座った彼女が、窓越しに僕を見ていた。彼女は窓ガラスにぺたりと両手を当てて、必死に口を動かした。
『あ・り・が・と・う』
ガタリ、と大きな衝撃と共に、電車がゆっくりと動き出す。
僕は、彼女の姿が窓の向こうに滲んで見えなくなるまで、ちぎれるほどに手を振り続けた。
列車の赤いテールランプが、遠い線路の彼方、秋の青空の向こうへと消えていく。
その瞬間、僕の目から、堰を切ったように涙があふれ出した。
誰もいなくなったホームのベンチに座り込み、僕は震える手で葵から貰った紙袋を開けた。
中には、一通の手紙と、あの美術室で描かれた僕の油絵。そして、一冊のスケッチブック。
まず、手紙を開いた。そこには、彼女の本当の心が、痛いほどの熱量で綴られていた。
『蓮くんへ。
列車の中でこれを読んでいるかな。
ほんとはね、面と向かって言いたかった。でも、言ったら私、東京に行くのをやめちゃいそうだったから、手紙にします。
私は、蓮くんが好きでした。
花火の夜も、美術室の夕暮れも、蓮くんが私を見てくれるその一瞬一瞬が、私の世界のすべてでした。
でも、蓮くんは私の夢を誰よりも応援してくれた。だから私は、蓮くんの好きな「かっこいい私」のままで旅立ちたかったの。お互いの
夢のために、今はサヨナラを言わせてください。
スケッチブックの最後のページを見て。
それが、私の本当の、蓮くんへの答えです』
