九月一日の朝は、驚くほど高くて青い空が広がっていた。
昨日までのじっとりとした夏の空気はどこへ行ったのか、肌を撫でる風は冷たく、確実に秋の足音がすぐそこまで来ていることを告げていた。
駅のホームには、通勤や通学の急ぎ足の波に混じって、僕と葵の二人だけが異質な静寂を纏って立っていた。
葵の手には、彼女の身長の半分ほどもある大きなキャリーケースと、頑丈にプチプチで梱包された大きなキャンバスがあった。美術室で僕をモデルに描き上げられた、彼女の命の結晶だ。
「本当に、行っちゃうんだね」
僕がぽつりと言うと、葵はわざとらしく胸を張って見せた。
その鼻の頭には、もうあの緑色の絵の具はついていない。
「そうよ! 泣いても引き止めないんだからね、蓮くん。東京の満員電車に負けないくらい、私、強くなるんだから」
「泣かないよ。誰が泣くか。葵の方こそ、寂しくてすぐ電話してくるなよ」
冗談めかして笑い合う。
だけど、僕たちの視線は、どこか泳いでいた。
お互いの目を見つめてしまえば、この笑顔の仮面がパリンと割れてしまうことを知っていたから。
ホームに、上り列車の接近を告げるアナウンスが流れ始める。
『黄色い線の内側でお待ちください』という機械的な声が、僕たちの猶予時間の終わりを無慈悲に告げていた。
「蓮くん」
葵がキャリーケースのハンドルを握り直した。
その指先が、白くなるほど強張っている。
