高校三年生になり、教室の空気は一変した。
黒板の端には『センター試験まであと〇〇日』という文字が踊り、休み時間になれば、誰もが分厚い参考書をめくるか、進路の不安を口にしている。
そんな教室の中で、僕——秋月蓮(あきづき れん)の机の上だけは、いつもぽっかりと空白だった。
配られたばかりの進路希望調査票は、名前の欄以外、真っ白のまま。
「何がしたいか」なんて、いくら考えても浮かばなかった。ただ、周りの熱量に取り残されていくような感覚だけが、僕の足元に冷たい影を落としている。
「秋月、ちょっとこれ、放課後に美術室まで運んどいてくれ」
終礼の後、担任の教師からそう言って押し付けられたのは、古い資料用の上等な画集が数冊だった。ずっしりと重いそれを抱え、僕は重い足取りで特別棟へと向かった。
特別棟の廊下は、西日が斜めに差し込んで、どこか時間が止まったような静けさがある。
美術室の前まで来ると、扉が少しだけ開いていた。中から、リズミカルな、だけど少し危なっかしい音が聞こえてくる。
「よいしょ、っと……あ、あれ? 届かない……」
隙間から覗くと、一人の女子生徒が脚立の上に立ち、窓の上のほうにあるカーテンのフックを直そうとしていた。
小柄な体を目一杯に伸ばし、つま先立ちになっている。その時、彼女の足元がグラリと揺れた。
「あ、わっ……!」
「危ないっ!」
考えるより先に体が動いていた。
僕は抱えていた画集を廊下の床に放り出し、美術室の扉を勢いよく開けて、滑り込むように彼女の体を支えた。
ドサリ、という鈍い音。
黒板の端には『センター試験まであと〇〇日』という文字が踊り、休み時間になれば、誰もが分厚い参考書をめくるか、進路の不安を口にしている。
そんな教室の中で、僕——秋月蓮(あきづき れん)の机の上だけは、いつもぽっかりと空白だった。
配られたばかりの進路希望調査票は、名前の欄以外、真っ白のまま。
「何がしたいか」なんて、いくら考えても浮かばなかった。ただ、周りの熱量に取り残されていくような感覚だけが、僕の足元に冷たい影を落としている。
「秋月、ちょっとこれ、放課後に美術室まで運んどいてくれ」
終礼の後、担任の教師からそう言って押し付けられたのは、古い資料用の上等な画集が数冊だった。ずっしりと重いそれを抱え、僕は重い足取りで特別棟へと向かった。
特別棟の廊下は、西日が斜めに差し込んで、どこか時間が止まったような静けさがある。
美術室の前まで来ると、扉が少しだけ開いていた。中から、リズミカルな、だけど少し危なっかしい音が聞こえてくる。
「よいしょ、っと……あ、あれ? 届かない……」
隙間から覗くと、一人の女子生徒が脚立の上に立ち、窓の上のほうにあるカーテンのフックを直そうとしていた。
小柄な体を目一杯に伸ばし、つま先立ちになっている。その時、彼女の足元がグラリと揺れた。
「あ、わっ……!」
「危ないっ!」
考えるより先に体が動いていた。
僕は抱えていた画集を廊下の床に放り出し、美術室の扉を勢いよく開けて、滑り込むように彼女の体を支えた。
ドサリ、という鈍い音。
