東京。
ここから新幹線で三時間も離れた、見知らぬ大都会。
そこが、彼女の戦う場所になる。
彼女の描くキャンバスの裏側には、もう僕のいない世界が広がっているのだ。
僕は、首から下げていた父親譲りの古い一眼レフカメラに手を伸ばした。
「……僕も、葵を撮っていい?」
「え? 私は今、絵を描いてるから変な顔だよ? 鼻の頭に緑色の絵の具ついてるし」
「変な顔なんて一回も見たことないよ。撮らせて、最後の思い出に」
『最後』という言葉が、自分で言っておきながら胸に刺さる。
葵は一瞬、筆を止めて驚いたように目を見開いたが、すぐにふにゃりと柔らかく笑った。
「いいよ。綺麗に撮ってね」
ファインダーを覗く。
四角いフレームの中に、僕の愛した世界のすべてが収まっていた。
夕暮れの光、絵具の匂い、揺れる髪、そして、僕をまっすぐに見つめる春野葵の瞳。
レンズのピントリングを回す。
葵の姿が鮮明に結像した瞬間、僕は息を呑んだ。
葵の瞳の奥が、潤んでいた。
