八月も終わりの風が、美術室の開け放たれた窓から入り込み、白いカーテンを大きく膨らませていた。
西日が長く伸びて、床に置かれた油絵具のチューブや、使い込まれたパレットを金色に染めている。
「蓮くん、ちょっと顎を引いて。……うん、そのまま」
葵はイーゼルの陰から少しだけ顔を覗かせ、細い筆をきゅっと咥えながら僕を見た。
彼女の髪は、夏の初めに出会ったときよりも少しだけ短くなっている。
首筋に光る汗が、夕日に反射してきらめいた。
彼女の特待生試験のための最後の作品。
そのモデルを、僕が務めることになってから三日が経っていた。
あの花火大会の夜、お互いに「優しい嘘」を交わしてからの僕たちは、どこか遠回りをするように、だけど一分一秒を惜しむように、この美術室での時間を過ごしていた。
「ねえ、葵。本当に僕なんかでよかったの? もっと美術部の中に、見栄えのするモデルなんてたくさんいただろ。部長とかさ」
「だめ。蓮くんじゃなきゃ、意味がないの」
葵は筆をキャンバスに走らせながら、小さく、だけど断固とした声で言った。
サッサッ、という小気味よい音が、静かな美術室に響く。
「蓮くんの目はね、いつも何かを優しく見守ってる。カメラを構えているときの蓮くんは、世界を愛そうとしてる。私は、その目を描きたいの。私が東京に行っても、ずっと私を支えてくれるような……そんな目を」
その言葉に含まれた「未来」の響きに、僕は喉の奥が熱くなるのを感じた。
