時は少し遡り、隣の部屋。
柊は爆弾に覆いかぶさった体勢から上体を起こした。その背中は白くよごれていたが、澪のような外傷はない。
なんの前触れもなく通信端末から澪の声が聞こえたかと思うと『爆弾守れっ!』と謎の命令が飛んできて、それに従った瞬間に天井が崩落。一気に出来事が起こりすぎて、理解が追いつかなかった。
爆弾に問題がないことをたしかめると、部屋を見回す。左の壁の方、特に澪が入っていったドアの周辺が天井の残骸で埋め尽くされていた。かなり大きな破片もあり、除去するのは大変そうだ。
通信端末で連絡を取ろうとしてみるが『電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません』という音声が流れ、つながらない。
――どうする。
助けるのはあと、と優先順位をつける。人を呼ぶのもあとだ。澪は絶対に生きている。あれほど感覚が鋭く、前兆を感じ取っていた彼が対応できないはずはない。それになによりも処理を優先する必要がある。
柊は爆弾の前に座り直した。作業を再開し、途中で必要な工具が出てきたため催促するように手をひらひらとさせる。
反応がないことを訝しんで後ろを見ても澪はおらず、部屋には柊だけだった。仕方なく自分で工具を探す。普段ならもう渡されているはずだったのに。
――俺の行動は、もしかしたら澪がいて成り立つことだったのかもしれない。
頭をよぎった考えは、すとんと入ってくると同時に、実感をもたらした。
いつも後ろでサポートしてくれた。ろくな説明なしに口を出してきた。
言葉にすればそれだけである。別になくても困ることはないし、自分ひとりでも処理できる。もっと言えば、今までの処理は自分の力が九割方だと思っていた。そう思い込んでいた。
ふと手元に視線を落とすと、柊は右手の親指の爪に触れていた。焦り、緊張、動揺、それ以外にも普通だったら感じない感情が全身を駆け巡り、知らず知らずのうちにそうしていたようだ。気を引き締めると、止まっていた手を動かしだす。
パチン、パチンと。決して作業自体が速いわけではないが、流れるような動作で進めていく中で、澪の考え方や見方のくせを思い起こしていく。
――最初にどこを見る?
爆弾と平行よりも少し高い位置から。澪は始めに必ずここを見る。
――常に注目しているのは?
コードのつなぎ目やどこにつながっているかだ。フェイクはつなぎ目が甘いものが多くて、ものによってはコード同士がつながっていたりする。
――悩んだときはどうする?
角から角へ、対角を見るようにする。澪にとってはそれで判断できることがあるんだとか。
柊は徐々にコードを減らしていき、やがて残すところ四本となった。
時間はあと5分、コードはすべて黒。切らなくてもいいなら切りたくはない程度にどれも似ているが、切らないと信管に届かない。選択する必要がある。
だが。
――分からない。
どれが本物でどれが偽物か、柊には分からなかった。
澪には分かったのかもしれないが、ここに澪はいない。
確信を持ってできていたのに、今はその確信もどこかに行ってしまった。
一本だけ、一本だけでいいのだ。でも、その一本が分からない。本物に見える。
――どうする。
そうこうしている間にも時間は近付いてくる。もう4分もない。すぐに選ばないと信管の処理に使うことができる時間がなくなってしまう。
――どうすればいい。
手は絶対に震えない。なのに、判断基準がぐらぐらと揺れているように定まらなくて、なにも考えられない。
――考えろ。
それに、ノイズが耳に入ってきて集中できないのだ。ザザッという音はひどく耳障りで、思考を妨害してくる。
――一番上か?
ザザッ
――違う、真ん中のどちらか?
ザザッ
――一番下という線は?
ザザッ
「……あぁもう、うるせえ!」
声を荒げながらそばに置いていた通信端末をつかむ。タイミングよく接続がつながったようで、画面には『澪』と名前が表示された。
「柊」
一つ前の通信のときのような焦りは感じられなかった。柊とは真逆の、落ち着いた声音で名前を呼ばれて、余裕のなさが幾分か改善されたと同時に干渉してくるなという気持ちが強まる。
「うるさい。黙っとけ」
「左から見て。……確証はないから、あとは任せるけど」
通信はすぐに途絶える。しかしそれだけで十分で、ずっとずれていたものがカチッとはまった気がした。
聞いたその直後、柊は迷うことなく一番上のコードを切断し、爆発しないことを確認してから機器を使って信管を粉砕した。タイマーの表示が消え、電流が流れていることを示すセンサーも停止したのを見て胸をなでおろす。
