そこには廃墟という名の通り、壁が崩れかけていて全体にツタが生い茂っている建物があった。すさんだ色をしていて寒々しく、ここがかつて子供たちの場所だったとは思えない。
周りには規制線が張られており、仲がいいとも悪いとも言えない二人はそれをくぐって中に入った。
「ご苦労だった」
「お疲れ様」
それぞれ警備員に挨拶をしつつ、建物内へと進む。
――本当にこの子たちが。
ある警備員は、現れた青年たちを見て目を疑った。
爆発物処理班の人員不足が問題になっていて、高校生から候補生を取っているのはこの界隈では有名な話だ。実際、講義を受けたり訓練をする様子も見学したことがある。
柊と澪もそうだった。極端に処理できる人材が少ない中、二人は見た目こそ大人に見えるものの、高校生でありながら専門的な技術と知識で貢献している。
――この子たちが、仕掛けられた爆弾の処理をするのか。
本来であれば大人だけで構成された本部班が出動するが、今回は特例である。それだけ異常ということだ。
だが、いざそれを目の当たりにすると湧き上がってくる複雑な感情があった。
まだ成人していない高校生に、処理の現場を任せていいのか。人の命を預かるという責任を負わせていいのか。
――まず、処理できるのか?
澪は警備員からの視線に気付いていたが、無言で通り過ぎた。
入口付近に立っていた一人が先導して歩き出し、二人はそれについて行く。
「ここです」
着いたのは、上から伝えられていた通り一階の一室だった。澪は工具を受け取り、案内人が戻っていくのを柊とともに見送った。人がいなくなったのを視認してから、柊に視線を向ける。
準備はいいか、と目で問いかけられ、そっちに任せるという無言の返答を返した。それを受けて、澪はトラップを警戒しながら、慎重にドアを開ける。
明るい部屋だった。正面には大きな窓があり、左には隣の部屋につながるドア。部屋いっぱいに陽の光が差し込んでおり、蛍光灯を点ける必要はなさそうだ。
ここに来る途中に覗いてきたほかの部屋は窓ガラスが割れていたり内壁が剥がれていたりしたが、比較的きれいな部屋である。その代わり、壁には子供が描いたものと思わしき落書きがあったが。
そして窓の右下、部屋の隅からわずかに離れた位置に爆弾は設置されていた。
外国から密輸したものに、犯人による違法改造が加えられた時限式。そこそこ大きく、黒と紺の間のような色をしたそれは白の壁も相まって存在感を放っていた。
中に入り、部屋の端から端までじっくりと見た澪が工具のケースを床に置きながら検分結果を述べた。
「ここにもトラップはないよ。多分、位置的にも安定してるから固定の必要はないと思う」
「分かった。もう始めてもいいか?」
「ああ。こっちも準備する」
澪が工具の点検を始めたのを見て、柊も準備を始めた。
愛用している腕時計を外す。時計に含まれる金属が発する磁力が信管を刺激し、起爆してしまう恐れがあるからだ。彼の腕時計は非磁性体でつくられた特殊なものでありその危険性はないのだが、単純に作業の邪魔になるから取る。
「これ」
「ん」
外した腕時計は澪に預けた。澪は淡々と受け取り、一つのポケットに仕舞う。恒例のことだった。
腕時計と交換で渡された手袋をはめ、目にかかる長い前髪を雑にかきあげれば、準備完了だ。澪もちょうど点検が終わったところで、立ち上がって伸びをしていた。
「よし、やろっか」
澪のなにげない言葉を合図に、移動をする。
柊は爆弾の前にあぐらをかいて座った。澪は集中力を途切れさせないように柊の左斜め後ろに立つ。
柊が前に出て、澪が後ろで支える。これが二人のいつもの立ち位置であり、一番速いやり方だった。
「澪」
「これでしょ」
呼ぶとすかさずナイフを差し出され、それを受け取った。
一つ深呼吸してから、外装に刃を当てて注意深く切り開く。揺らしたり傷つけたりして影響を与えることがないように、少しずつ、ゆっくりと。でも無駄がない滑らかな動きで。セラミック製のそれは信管を刺激することなく滑り込んでいく。
ミリ単位で進めていき、ようやく終えると息をつく暇もなく構造を確認する。
最初に目に入ってきたのは、何本もの同じ色をしたコードと残り時間を示すアナログタイマーだった。電力を供給する電源がタイマーの近くにあり、コードの中、かろうじて見えた信管の向こうに主爆薬がある。
「これ、移動できない。流れている電流が止まったら爆発する。本命が三本でそのうち一本はトラップのセンサー。それ以外はフェイク」
「了解」
澪の言葉で結論としてどんな特性があるのかは理解はしたのだが、案の定なにを以てそう判断したかは分からなかった。しかし、それを予測する必要はない。起爆する条件が明らかになったのなら、それを気に留めつつ処理するのみだ。
次に柊はニッパーを受け取ると、不要なコードの切断に着手した。
爆発物は、信管さえ粉砕すれば時間になっても主爆薬が爆発することはなく、ただの爆薬へと変化する。そのため、信管を処理するまで終わらない。
コードを切断するのは、内部がコードで雑然としており信管に届かないからだ。
もし時間になる前でも信管を刺激してしまった場合には爆発する恐れがあるため、コードを切るだけとはいえ気は抜けないのだが。
「左ね」
「右だろ」
「柊、お前の感覚終わってるじゃん」
「知らね」
二人は爆発物を前にしているという緊張感を感じさせない会話をしながら作業をしていた。
「今のやり方雑なんだけど」
「工具渡すの遅い」
「死ぬよ」
「お前もな」
ときにはケンカ気味に、ときには不穏な内容もありながら、普段通り作業をする。
柊がどんどんコードを切っていき、澪は柊の目線や手の動きを見つつ口を挟む。
柊は澪が違和感を拾ってくれる前提で動き、澪は柊が最後に整えてくれる前提で動く。
必要に応じて澪が一歩前に出て様子を見たり、柊が澪の勘や口出しに文句をつけたりすることもあるが、それでペースが落ちることはない。二人だからこその速さだ。
『このまま連携がとれていたら、時間内にできる』
だから、二人とも思っていたのだ。何事もなく順調に進んで、仕事を終わらせることができると。
