ベストフレンズ

 社会人二年目の春、悠真はカメラバッグを肩にかけ、駅のホームに立っていた。仕事の合間の、久しぶりの休日。今日は同級生との集まりがあるはずだった。

 写真関係の仕事に就いた悠真は、相変わらず忙しい日々を送っていた。ポートレートスタジオでのアシスタントを経て、最近ようやく、自分の名前で小さな仕事を任されるようになっていた。

(あれから、もう何年になるんだっけ)

 大学を卒業して二年。あの河川敷での対話から数えれば、もう少し長い時間が経っていた。


 紗奈は、T大を卒業したあと、地元に戻り、市役所で働いていた。華やかな仕事ではなかったが、地域の人々と向き合う日々の中で、紗奈は自分なりの手応えを見つけていた。

「柊さん、今日はお休みでしたっけ」

 同僚に声をかけられ、紗奈は頷いた。

「はい。高校の同級生と集まる約束があって」

「いいですね、楽しんできてください」

 紗奈はオフィスを出て、待ち合わせ場所へと向かった。


 社会人になってからも、紗奈と悠真の関係は、決して平坦ではなかった。

 仕事の忙しさで連絡が途絶えがちになる時期もあった。紗奈が不調を感じ、悠真に伝えられない夜もあった。だが、そのたびに二人は、河川敷でのあの日の言葉を思い出した。

 分かり合えなくても、いい。分からないままでも、いい。

 その言葉を胸に、二人は何度も、小さなすれ違いを乗り越えてきた。

 去年の秋、紗奈が仕事のストレスで再び体調を崩しかけた時、悠真は仕事を調整して駆けつけた。「大丈夫?」ではなく、「今日は、何もしなくていい日にしよう」とだけ言って、一緒に何もしない時間を過ごした。

 紗奈は、その日のことをノートにこう書いていた。


 完璧な恋人にはなれない。完璧なパートナーにもなれない。

 それでも、分からないまま、隣にいようとしてくれる人がいる。

 それだけで、十分だと、今なら心から思える。



 恒一は地元で、就労支援関係の仕事に就いていた。人と向き合う仕事を選んだのは、悠真と紗奈の姿を、ずっと近くで見てきたからだと、いつか本人が語っていた。

 玲奈は写真の専門学校を卒業後、地方紙のカメラマンとして働き始めていた。悠真とは今も、時々作品について語り合う関係が続いていた。

 四人は、それぞれ別の道を歩みながらも、年に数回は集まる習慣を続けていた。


 待ち合わせの居酒屋に着くと、すでに恒一と玲奈が席についていた。

「悠真、遅い!」

恒一が手を上げる。

「悪い悪い、仕事の電話が長引いて」

「相変わらず忙しそうだな」

「まあな」

 紗奈も少し遅れて到着し、四人が揃った。

「久しぶり」

 紗奈が席に着くと、玲奈が笑顔を向けた。

「紗奈、なんか雰囲気変わったね」

「そう?」

「うん。……前より、力抜けてる感じ」

 紗奈は少し照れながら答えた。

「仕事のこと、最近やっと慣れてきたから、かな」

 四人はしばらく、それぞれの近況を報告し合った。仕事の話、恋愛の話、将来の話。特別な事件は何もなかったが、その何気ない会話の中に、それぞれが歩んできた数年間が滲んでいた。


 酒が進んだ頃、恒一がふと、思い出したように言った。

「そういえば、お前ら、結局あれからどうなったんだ?」

「あれって?」

 紗奈が聞き返すと、恒一はニヤリと笑った。

「高校の時から、ずっとぐちゃぐちゃしてただろ。付き合ってるとか、親友だとか」

 玲奈も興味深そうに、二人を見た。

 悠真と紗奈は、顔を見合わせた。

 その質問に、どう答えればいいのか。恋人と呼ぶには、あまりに多くのことを乗り越えてきた。かといって、単なる恋人という言葉だけでは、二人の関係のすべてを表せない気がした。

「……なんて言えばいいんだろうね」

 紗奈が小さく笑いながら、悠真を見た。

 悠真も、少し考えるような顔をしていた。

 窓の外、居酒屋の暖簾が夜風に揺れていた。四人の間に、答えを待つような、穏やかな沈黙が流れていた。