ベストフレンズ

 十二月、大学二年目の冬が近づいていた。紗奈にとっては、休学を挟んでの一年ぶりの冬。去年のこの時期、実家で療養しながら「戻りたい」という気持ちが芽生え始めていたことを、紗奈はふと思い出す。

(あれから、一年か)


 ゼミの忘年会の帰り道、佐伯と二人で夜道を歩いていた。

「今年一年、振り返ってどうだった?」

 佐伯に聞かれ、紗奈は少し考えた。

「大変なこともあったけど……去年よりは、ずっと自分に正直でいられた気がする」

「うん、それ、傍から見ててもわかるよ」

 佐伯は白い息を吐きながら続けた。

「私も、紗奈のこと見てて、変わったことがある」

「何が?」

「大丈夫じゃない時に、大丈夫じゃないって言っていいんだって、思えるようになった。前は、弱音吐くの、なんか恥ずかしいことだと思ってたから」

 紗奈は驚いた。自分が誰かに、そんな影響を与えていたとは思っていなかった。

「私、そんな大したことしてないよ」

「してるよ。ただ隣にいただけかもしれないけど、それが、大したことなんだよ」

 その言葉は、いつか恒一が悠真にかけた言葉と、どこか重なっていた。


 同じ頃、悠真は卒業制作のテーマ決めに取り組んでいた。担当教授との面談で、悠真はふと、自分がずっと撮り続けてきたものについて話した。

「俺、結局ずっと同じ場所を撮ってるんです。河川敷とか、隣にいる誰かとか」

 教授はしばらく考えてから言った。

「それでいいんじゃないか。同じ場所でも、撮る自分が変われば、写るものは変わる」

「変わりますかね」

「変わるさ。一年前のお前と、今のお前は違う。だから、同じ場所を撮っても、違う写真になる」

 悠真はその言葉を、心に留めた。卒業制作のテーマは、また「隣にいる、ということ」の延長線上になるかもしれない。だがそれは、繰り返しではなく、積み重ねなのだと、悠真は思うようになっていた。


 年末、四人は久しぶりに全員で集まった。恒一の提案で、地元の小さな居酒屋を貸し切っての忘年会だった。

「今年一年、みんなよく頑張ったよな」

 恒一が音頭を取り、四人はグラスを合わせた。

「恒一、なんかリーダーっぽくなったね」

 玲奈がからかうと、恒一は照れくさそうに頭をかいた。

「地元残って、いろんな人と関わる仕事してたら、自然とこうなった」

 紗奈は四人の顔を見渡しながら、去年の同じ時期を思い出していた。実家の縁側で、まだ「戻りたい」とすら言えずにいた自分。あの頃から、確かにここまで来た。

「乾杯」

 紗奈が小さくグラスを掲げると、三人もそれに続いた。


 忘年会の帰り、悠真と紗奈は二人きりになった夜道を歩いていた。

「今年、いろんなことあったな」

 悠真が言うと、紗奈は頷いた。

「うん。……でも、今年の終わりに、ちゃんとこうして笑って年を越せそうなのが、去年の私からしたら、奇跡みたいなこと」

「奇跡じゃないよ」

 悠真は紗奈を見た。

「紗奈が、頑張ったからだよ」

「悠真も」

「みんなも」

「うん。みんなも」

 二人はしばらく、白い息を吐きながら並んで歩いた。

「来年はどんな年になるかな」

 紗奈がぽつりと言うと、悠真は少し考えてから答えた。

「わかんない。でも、たぶん、また波はあると思う。完璧にはならないと思う」

「うん」

「それでも、隣にいると思う。ずっと」

 紗奈は小さく笑った。

「うん。私も」


 その夜、紗奈は年内最後のノートの一ページに、こう書いた。

 今年一年、たくさん揺れた。でも、揺れながらも、去年より少し遠くまで来られた気がする。

 完璧な回復も、完璧な関係も、まだない。
でも、不完全なまま、隣にいてくれる人たちがいる。

 来年も、きっとまた波は来る。

 それでも、大丈夫。今なら、そう思える。

 窓の外、静かな冬の夜空に、星が瞬いていた。紗奈はノートを閉じ、来年へと続く日々に、静かに思いを馳せた。