ベストフレンズ

 五月の終わり、悠真の大学で行われる企画展の日がやってきた。

「隣にいる、ということ」続編──正式にはそうタイトルがついた展示は、大学のギャラリースペースの一角を使って行われることになっていた。搬入から準備まで、悠真はほとんど寝る間もなく走り回っていた。

 紗奈は展示初日、ゼミの課題を早めに片付け、電車を乗り継いでギャラリーに向かった。

「来られたんだ」

 会場の入口で悠真が驚いた顔をした。

「言ってなかったっけ。今日、絶対来るって決めてた」

 紗奈はそう言って、少し得意げに笑った。


 会場に足を踏み入れると、白い壁に写真が並んでいた。前作と同じ河川敷の風景から始まり、季節が移り変わっていく様子、そして──紗奈が知らない、この半年の間に悠真が撮り続けていた写真たち。

 紗奈は一枚ずつ、ゆっくりと歩きながら見ていった。

 夜のアトリエ。誰もいない教室。雨の日の窓。そして最後の壁には、最近の写真が並んでいた。空の写真、電話中に撮ったらしい部屋の隅、そして──

「これ……」

 紗奈は最後の一枚の前で足を止めた。

 それは、紗奈が「寂しい」と伝えたあの夜、悠真が見せてくれたのと同じ、散らばったプリントの写真だった。キャプションには、短くこう書かれていた。

「離れていても、伝えられること」

 紗奈は胸の奥が熱くなるのを感じた。

「これ、私とのやり取りのこと?」

「うん」

 悠真は少し照れくさそうに頷いた。

「紗奈が『寂しい』って言ってくれたこと。あれ、俺にとってすごく大事な瞬間だったから。……勝手に作品にして、良かったかどうか分かんないけど」

「良かった」

 紗奈は迷わず答えた。

「私の弱さが、誰かの何かになるなら。それは、良かった」


 展示を見終えたあと、二人はギャラリーの外のベンチに座った。夕暮れの光が、キャンパスの木々を橙色に染めていた。

「講評、どうだった?」

 紗奈が尋ねると、悠真は苦笑いした。

「相変わらず、説明が下手って言われた。でも今回は、“写真だけで伝わる部分がある”って言われた」

「悠真らしいと思う」

「だろ」

 しばらく二人は黙って、キャンパスを行き交う学生たちを眺めていた。

「玲奈も来るって言ってたな」

「そういえば」

 その時、遠くから玲奈が小走りにやってくるのが見えた。

「間に合った! ごめん、電車遅れて」

「ちょうど今、見終わったところ」

 紗奈が言うと、玲奈は少し残念そうな顔をした。

「え、待って。私も一緒に見たかった」

「もう一周する?」

悠真が笑いながら言うと、玲奈は目を輝かせた。

「する!」

 三人は再びギャラリーに戻り、玲奈の感想を聞きながら、写真をもう一度眺めた。玲奈は最後の一枚の前で、しばらく立ち止まっていた。

「これ、いいね。……なんか、二人らしい」

紗奈と悠真は、顔を見合わせて笑った。


 その夜、紗奈は電車の中でノートを取り出した。

 悠真の展示に、私たちのことが写っていた。

 恥ずかしいとか、そういう気持ちより先に、嬉しいが来た。

 弱さを見せることが、誰かにとって意味のあるものになる。

 それを、今日初めて実感できた気がする。

 窓の外を流れる夜景を見ながら、紗奈は小さく息をついた。会えない時間があっても、こうして積み重なっていくものがある。それを、確かに感じられた一日だった。