ベストフレンズ

 大学生活が再び動き始めて二週間。紗奈は少しずつ、以前のリズムを取り戻しつつあった。

 だが、悠真との関係には、以前とは違う難しさが生まれ始めていた。

 悠真の大学は隣県にある。以前は週末に会うことが当たり前だったが、紗奈の復学と、悠真の展示企画の準備が重なり、二人のスケジュールはうまく噛み合わなくなっていた。

〈今週末、展示の搬入で無理そう〉

〈了解。私もゼミの課題溜まってるし、大丈夫〉

 そんなやり取りが、四月の間に何度か続いた。



 ある晩、紗奈は久しぶりにノートを開いた。

会えない週末が続いている。
寂しい、と思う。でもそれを言うと、悠真の展示の邪魔をしてしまう気がして、言えない。
去年の自分なら、ここで「大丈夫」って言って、飲み込んでたと思う。

 書きながら、紗奈は自分の中の古い癖に気づいた。相手を優先して、自分の気持ちを後回しにする癖。治ったと思っていたものが、形を変えてまだそこにあった。

(言ってもいいのかな。「寂しい」って)

 紗奈は少し迷ってから、スマホを手に取った。

〈悠真、今ちょっといい?〉

〈うん、大丈夫。どうした〉

〈言おうか迷ったんだけど。……最近会えなくて、ちょっと寂しい〉

 送信した後、紗奈は自分の心臓が少し速くなっているのを感じた。以前の自分なら、絶対に言えなかった一言だった。

 既読がついてから、少し間があった。

〈ごめん。俺も、実はそう思ってた〉
〈展示のことで頭いっぱいで、紗奈に構えてない自覚あった〉
〈言ってくれて、ありがとう〉

 紗奈は画面を見つめたまま、小さく息を吐いた。

(言ってよかった)

〈来週、少しだけなら時間作れそう。電話でもいい?〉

〈うん。それだけでも嬉しい〉

 その週末、二人は初めて、長い時間のビデオ通話をした。会えない代わりに、互いの部屋の様子、最近見た景色、他愛のない話を、画面越しに交換し合った。

「これ、俺の作業机」

 悠真がカメラを机の上のプリントに向けた。散らばった写真の中に、河川敷の写真が何枚かあった。

「まだ、あの場所撮ってるんだ」

「うん。続編、って言われて。でも、まだ何も分からないまま撮ってる」

「分からないままでいいって、前も言ってたね」

「そう。分からないまま撮って、分からないまま、たまにいいのが撮れる」

 紗奈は笑った。画面越しでも、悠真の言葉のリズムは変わらなかった。

 通話を終えた後、紗奈は再びノートを開いた。

「寂しい」って言えた。
言ったら、関係が壊れるんじゃないかって、ずっと怖かった。
でも、言っても壊れなかった。むしろ、少し近くなった気がする。

 離れている時間があっても、それを隠さずにいられること。
それが、去年までの自分にはできなかったことだと思う。

 窓の外、五月の風が吹き込んでくる。紗奈はノートを閉じ、机の上の教科書に手を伸ばした。

 明日も、大学がある。会えない週末は、まだ続くかもしれない。でも今の紗奈には、それを一人で抱え込まずにいる方法が、少しずつ増えていた。