ベストフレンズ

 十一月に入り、 木々の色が少しずつ変わり始めた。

 紗奈の療養生活も、 二か月が過ぎようとしていた。



 その日、 恒一が突然、 紗奈の家を訪れた。

「よお」

 軽い調子で挨拶する恒一に、 紗奈は少し拍子抜けしたような顔をする。

「……アポなし?」

「悠真から住所聞いた。 悪い?」

「悪くないけど」


 縁側に、 どかりと座り込む恒一。

「菓子、 買ってきた」

 コンビニの袋を差し出す。

 紗奈は少し笑って、 それを受け取る。

「相変わらずだね、 恒一」

「変わる必要ないだろ、 俺は」



 その軽さに、 紗奈は少しほっとする。

 これまで訪れた誰もが、 どこか気遣いながら接してくれていた。

 だが恒一は、 いつもと変わらない態度だった。


「体調は?」

「……まあまあ」

「そっか」

 それ以上、 深く聞いてこない。

 紗奈は、 その距離感が、 今の自分には心地よいことに気づく。


 しばらく、 他愛のない話が続いた。

 大学の話。 恒一の就職活動の話。 くだらない冗談。

 紗奈は、 久しぶりに声を出して笑った。


「あ、 今、 笑った」

 恒一が指摘する。

 紗奈は、 少し照れたように顔を伏せる。

「……そんなに珍しい?」

「いや、 いいことだと思って」


「悠真から、 メッセージのやり取り、 聞いてる」

 恒一が、 ふと話題を変える。

「お前の言葉、 なんか、 だいぶ変わったなって、 あいつ言ってた」

 紗奈は少し驚く。



「変わった、 かな」

「うん。 前は、 何も言わずに全部飲み込むタイプだったろ」

「今は、 ちゃんと『しんどい』とか、 言えてるって」



 紗奈は、 少し考えてから答える。

「言えるようになった、 のかもしれない」

「でも、 まだ、 うまく言えないことも多い」

「今日も、 本当は、 あんまり調子良くないし」



 その言葉に、 恒一は少し驚いた顔をする。

 紗奈が、 「調子が悪い」と、 自分から言ったことに。

「……そっか」

「無理して笑わなくて、 良かったのに」



「ううん」

 紗奈は首を振る。

「今日、 恒一と話してて、 楽だったから。 笑えたのも、 本当」

「調子悪いのと、 楽しめないのは、 別なんだって、 最近気づいた」



 その言葉に、 恒一は少し感心したように頷く。

「お前、 なんか、 強くなったな」

「強くなったんじゃなくて」

 紗奈が訂正する。

「弱いままでいることを、 覚えただけ」



 恒一は、 その言葉をしばらく黙って受け止めていた。

「……深いこと言うな、 お前」

「そう?」

「うん。 悠真に負けないくらい」



 二人は、 また少し笑い合う。

 夕方が近づき、 空がオレンジ色に変わり始めていた。



「そろそろ帰るわ」

 恒一が立ち上がる。

「就活の面接練習、 まだ残ってるから」

「……頑張って」

「おう」



 玄関先で、 恒一がふと振り返る。

「紗奈」

「うん?」

「別に、 急いで戻ってこなくていいからな」

「お前のペースで、 いいから」



 その言葉に、 紗奈は小さく頷く。

「ありがとう」

「おう」



 恒一が帰った後、 紗奈は縁側に一人座り、 空を見上げる。

 楽しかった時間の余韻の中に、 ふと、 疲労感が押し寄せてくる。

 人と話すことは、 まだ、 少し体力を使う。



 その夜、 紗奈は久しぶりに、 早く布団に入った。

 疲れていたが、 それは悪い疲れではなかった。

 ノートを開く前に、 眠りに落ちていた。


 翌朝、 母親が部屋を覗く。

「昨日、 楽しそうだったね」

「うん……ちょっと、 疲れたけど」

「疲れるのも、 悪いことじゃないよ」

 母親の言葉に、 紗奈は小さく頷く。


 疲れることさえも、 少しずつ、 受け入れられるようになっていた。

 それは、 「頑張った証」ではなく、 ただ、 「生きている証」だった。