ベストフレンズ

 十月下旬、 玲奈からも紗奈に連絡が来た。

『会いに行ってもいい?』

 短いメッセージだったが、 紗奈は少し長く画面を見つめていた。


『うん、 来て』

 返信するまで、 数分かかった。

 玲奈との関係を、 紗奈はまだうまく言葉にできずにいた。

 かつて、 悠真に想いを伝えた相手。

 その事実は、 今も紗奈の中で、 小さな棘のように残っている。


 数日後、 玲奈が紗奈の家を訪れる。

 玄関先で、 二人は少し距離を置いたまま向き合った。

「……久しぶり」

 紗奈が先に口を開く。

「うん、 久しぶり」


 縁側に並んで座る二人。

 沈黙が、 これまでの誰よりも長く続いた。

 先に口を開いたのは、 玲奈だった。

「謝りたいことがあって」

 紗奈は少し驚いた顔をする。


「私、 ずっと、 紗奈のこと、 少し怖かった」

 玲奈が、 静かに話し始める。

「悠真の隣にいる資格が、 紗奈にしかないような気がして」

「嫉妬してた、 のかもしれない」


 紗奈は、 その言葉を黙って受け止める。

「でも、 今回のことで、 気づいた」

「紗奈がいなくなるかもしれないって思ったとき、 怖かったのは、 悠真だけじゃなかった」

「私も、 紗奈がいない世界が、 怖かった」


 その言葉に、 紗奈は目を伏せる。

「……私、 玲奈のこと、 ちゃんと見てなかったかもしれない」

「ずっと、 『悠真を取られるかもしれない相手』としてしか、 見てなかった」


「それは、 お互い様だと思う」

 玲奈が微笑む。

「私も、 紗奈のこと、 『悠真の特別な存在』としてしか、 見てなかったから」

「一人の人として、 ちゃんと見てなかった」


 二人はしばらく、 沈黙を共有する。

 だがそれは、 これまでのような緊張を孕んだ沈黙ではなかった。


「私、 写真の道、 目指すことにした」

 玲奈が、 話題を変える。

「悠真の影響、 大きい」

「彼の写真、 見てるうちに、 自分でも撮ってみたいって思うようになった」


「……そうなんだ」

 紗奈は、 少し驚いたように言う。

「玲奈も、 悠真から何かを受け取ってたんだね」

「うん」

 玲奈は頷く。

「でも、 それは恋愛感情とは、 また別のものだった気がする」


「今は、 悠真のことは?」

 紗奈が、 恐る恐る尋ねる。

 玲奈は少し笑って答える。

「大丈夫。 今は、 友達として、 大切な存在」

「紗奈と悠真の関係、 ちゃんと分かってるから」


 その言葉に、 紗奈は安堵とも違う、 不思議な感情を覚える。

 かつて恐れていた相手が、 今は違う形で、 自分の隣にいる。

「……ありがとう」

紗奈が、 小さく呟く。


「何が?」

「分からないけど、 なんとなく」

「玲奈が、 ちゃんと話してくれたこと、 かな」


 玲奈は微笑み、 少し間を置いてから続ける。

「私も、 紗奈と、 ちゃんと友達になりたい」

「悠真を介してじゃなく、 紗奈自身と」


 その言葉に、 紗奈は少し驚いた顔をする。

「……友達?」

「うん」

「変、 かな」

「ううん」

 紗奈は首を振る。

「変じゃない。 むしろ──」

「嬉しい、 かも」



 二人は、 初めて自然に笑い合う。

 これまでのぎこちなさが、 少しずつ溶けていくのを、 互いに感じていた。



「今度、 私が撮った写真、 見てくれる?」

 玲奈が尋ねる。

「うん、 見たい」

 紗奈は素直に頷いた。


 玲奈が帰り際、 紗奈が言う。

「また、 来てくれる?」

「もちろん」

「今度は、 カメラ持ってくるね」


 玲奈が帰った後、 紗奈はノートを開く。

『玲奈と、 初めてちゃんと話せた』

『"友達になりたい"って、 言ってくれた』

『怖かった相手が、 大切な人になった』


 窓の外、 夕焼けが空を染めていく。

 紗奈は、 その色を眺めながら、 小さく呟く。

「……人って、 変われるんだね」

 その言葉は、 玲奈に対してだけでなく、 自分自身に対しても、 向けられていた気がした。