ベストフレンズ

 病室のベッドに横たわる紗奈は、悠真が知っている紗奈より、ずっと小さく見えた。

 点滴の管が腕に繋がれ、規則的な機械音だけが静かに響いていた。カーテン越しの光が、紗奈の顔を淡く照らしている。目は閉じられたままだった。

 悠真は、そっとベッドの脇の椅子に腰を下ろした。何か言葉をかけるべきだと思ったが、どんな言葉も、この場にふさわしくないような気がした。

 しばらくして、紗奈の瞼が微かに動いた。ゆっくりと目を開ける。焦点が定まるまで、少し時間がかかった。

「……悠真」

 かすれた声だった。以前の紗奈の声とは、どこか違って聞こえた。

「うん、いるよ」

 悠真はそれだけを言った。紗奈は何かを言おうとするように口を開いたが、言葉は出てこなかった。代わりに、視線がゆっくりと逸れていった。窓の外、あるいはどこでもない場所を見つめているようだった。

 沈黙が続いた。悠真は、その沈黙を埋めようとしなかった。何か気の利いた言葉、励ましの言葉──そういうものを探そうとする自分に気づいて、それを止めた。今、紗奈が必要としているのは、そういう言葉ではない気がした。

「手、握ってもいい?」

 悠真がそう聞くと、紗奈は小さく頷いた。悠真は紗奈の手を、そっと両手で包んだ。冷たかった。以前握った時よりも、ずっと。

「……ごめん」

 紗奈が、ようやく口を開いた。

「謝らなくていい」

 悠真は即座にそう返した。だが、その言葉が紗奈に届いているのか、悠真自身にも分からなかった。

「心配、かけたよね」

「それは、謝ることじゃないよ」

 紗奈は、それ以上何も言わなかった。ただ、目にじわりと涙が滲み、頬を伝って枕に落ちていった。声を出さずに泣く紗奈を、悠真はただ見ていることしかできなかった。

 その日、二人はそれ以上、多くを話さなかった。悠真は、紗奈の手を握ったまま、ただそこに座り続けた。何を言えばいいのか、本当に分からなかった。「頑張れ」も、「大丈夫?」も、今は口にしてはいけない言葉のような気がした。

 面会時間が終わりに近づく頃、紗奈が再び口を開いた。

「……ずっと、隣にいてもらってたのに」

「うん」

「気づいてもらえなかったのは、悠真のせいじゃないよ」

 紗奈の声は、ひどく静かだった。

「私が、言えなかったの。ずっと」

 悠真は、その言葉に何も返せなかった。それが本当かどうか、今の悠真には分からなかった。ただ、紗奈がそう言葉にできたこと自体が、何か小さな一歩のように感じられた。

「今日は、もう休んで」

 悠真がそう言うと、紗奈は小さく頷いた。

 病室を出る前、悠真はもう一度紗奈の顔を見た。目を閉じた紗奈は、眠っているのか、ただ目を閉じているだけなのか、分からなかった。

 廊下に出た悠真は、しばらくその場に立ち尽くしていた。窓の外は、もう夕方の光に変わっていた。

(これから、どうすればいいんだろう)

 答えの出ない問いだけが、悠真の中に静かに残っていた。