八月の終わり、紗奈からの連絡が、完全に途絶えた。
悠真がメッセージを送っても、既読がつかない日が三日続いた。電話をかけても、呼び出し音が鳴るだけで応答がない。
(おかしい)
最初は、試験期間の忙しさのせいだろうと思おうとした。だが、いつもなら短くても返ってきていた「うん」の一言さえ、今回はなかった。四日目になった頃には、悠真の中で、抑えきれない不安が募っていた。
紗奈の母親に連絡を取ったのは、その夜だった。
「紗奈と連絡が取れなくて……何かご存知ですか」
電話の向こうで、母親の声にも戸惑いの色があった。
「私も、ここ数日、あの子から連絡がなくて……様子を見に行ってみます」
悠真は、電話を切ったあとも、スマホを握りしめたまま部屋の中を歩き回っていた。何かできることはないか。だが、今の自分にできることは、ただ連絡を待つことだけだった。その無力さが、じりじりと胸を焼いた。
その夜遅く、母親から再び電話が来た。
着信音が鳴った瞬間、悠真は何かを察した。電話に出る前から、心臓が嫌な音を立てていた。
「もしもし──」
電話の向こうから聞こえてきた母親の声は、震えていた。多くは語られなかった。ただ、紗奈が救急搬送されたこと、今は処置を受けていて、命に別状はないということ、それだけが、途切れ途切れに伝えられた。
悠真は、その場に立ち尽くしたまま、しばらく声が出なかった。スマホを持つ手が、小さく震えていた。
「……今から、行きます」
やっとの思いで、それだけを言った。
電車に乗っている間、悠真の頭の中には、様々な光景が浮かんでは消えた。文化祭での紗奈の笑顔。卒業式の夕日。河川敷で交わした約束。そのどれもが、今の状況と結びつかなかった。
(何かあったはずなんだ)
(俺が、気づけなかっただけで)
窓の外を流れる景色を見つめながら、悠真は、この数週間の紗奈とのやり取りを、一つずつ思い返していた。「疲れてる」「大丈夫」──その短い言葉の裏に、何が隠れていたのか。あの時、もっと踏み込んでいれば。もっと聞いていれば。
後悔が、際限なく湧き上がってきた。
病院に着き、母親の姿を見つけた時、悠真は思わず駆け寄った。母親の目は赤く腫れていた。
「紗奈は……」
「処置は終わって、今は眠ってる。……お医者さんが、命に別状はないって」
その言葉に、悠真はその場に崩れ落ちそうになった。安堵と、恐怖と、自分への怒りが、一度に押し寄せてきた。
「私が、もっと早く気づいていれば」
母親が、絞り出すようにそう言った。悠真は首を振ることしかできなかった。自分もまた、同じ言葉を、心の中で何度も繰り返していたからだった。
待合室の硬い椅子に座り、悠真はしばらく動けなかった。
(見えていなかったんじゃない)
(見ようとしていなかったんだ)
「大丈夫?」と聞いて、笑顔が返ってくれば、それ以上踏み込まなかった自分。忙しさを理由に、深く聞かなかった自分。紗奈が発していたはずの、小さな信号の一つ一つを、悠真は思い出していた。痩せたこと。返信が短くなったこと。声のトーン。そのすべてが、今になって、はっきりとした輪郭を持って迫ってきた。
夜が明ける頃、面会が許された。
病室のドアを開けた瞬間、悠真の足は、少しの間、動かなくなった。
悠真がメッセージを送っても、既読がつかない日が三日続いた。電話をかけても、呼び出し音が鳴るだけで応答がない。
(おかしい)
最初は、試験期間の忙しさのせいだろうと思おうとした。だが、いつもなら短くても返ってきていた「うん」の一言さえ、今回はなかった。四日目になった頃には、悠真の中で、抑えきれない不安が募っていた。
紗奈の母親に連絡を取ったのは、その夜だった。
「紗奈と連絡が取れなくて……何かご存知ですか」
電話の向こうで、母親の声にも戸惑いの色があった。
「私も、ここ数日、あの子から連絡がなくて……様子を見に行ってみます」
悠真は、電話を切ったあとも、スマホを握りしめたまま部屋の中を歩き回っていた。何かできることはないか。だが、今の自分にできることは、ただ連絡を待つことだけだった。その無力さが、じりじりと胸を焼いた。
その夜遅く、母親から再び電話が来た。
着信音が鳴った瞬間、悠真は何かを察した。電話に出る前から、心臓が嫌な音を立てていた。
「もしもし──」
電話の向こうから聞こえてきた母親の声は、震えていた。多くは語られなかった。ただ、紗奈が救急搬送されたこと、今は処置を受けていて、命に別状はないということ、それだけが、途切れ途切れに伝えられた。
悠真は、その場に立ち尽くしたまま、しばらく声が出なかった。スマホを持つ手が、小さく震えていた。
「……今から、行きます」
やっとの思いで、それだけを言った。
電車に乗っている間、悠真の頭の中には、様々な光景が浮かんでは消えた。文化祭での紗奈の笑顔。卒業式の夕日。河川敷で交わした約束。そのどれもが、今の状況と結びつかなかった。
(何かあったはずなんだ)
(俺が、気づけなかっただけで)
窓の外を流れる景色を見つめながら、悠真は、この数週間の紗奈とのやり取りを、一つずつ思い返していた。「疲れてる」「大丈夫」──その短い言葉の裏に、何が隠れていたのか。あの時、もっと踏み込んでいれば。もっと聞いていれば。
後悔が、際限なく湧き上がってきた。
病院に着き、母親の姿を見つけた時、悠真は思わず駆け寄った。母親の目は赤く腫れていた。
「紗奈は……」
「処置は終わって、今は眠ってる。……お医者さんが、命に別状はないって」
その言葉に、悠真はその場に崩れ落ちそうになった。安堵と、恐怖と、自分への怒りが、一度に押し寄せてきた。
「私が、もっと早く気づいていれば」
母親が、絞り出すようにそう言った。悠真は首を振ることしかできなかった。自分もまた、同じ言葉を、心の中で何度も繰り返していたからだった。
待合室の硬い椅子に座り、悠真はしばらく動けなかった。
(見えていなかったんじゃない)
(見ようとしていなかったんだ)
「大丈夫?」と聞いて、笑顔が返ってくれば、それ以上踏み込まなかった自分。忙しさを理由に、深く聞かなかった自分。紗奈が発していたはずの、小さな信号の一つ一つを、悠真は思い出していた。痩せたこと。返信が短くなったこと。声のトーン。そのすべてが、今になって、はっきりとした輪郭を持って迫ってきた。
夜が明ける頃、面会が許された。
病室のドアを開けた瞬間、悠真の足は、少しの間、動かなくなった。



