ベストフレンズ

 三月一日、卒業式当日。

 朝から雲ひとつない晴天だった。悠真は制服に袖を通しながら、この三年間のことを思い返していた。紗奈と同じクラスになった日、玲奈が転校してきた日、文化祭、河川敷、深夜の電話──いろんな場面が、順序もなく浮かんでは消えていった。

 体育館での式は、思っていたよりもあっさりと進んだ。校長の話も、在校生代表の送辞も、耳には入っていたはずなのに、あまり記憶に残らなかった。ただ、卒業証書を受け取るために名前を呼ばれた瞬間だけは、はっきりと覚えていた。

「朝比奈悠真」

 返事をして立ち上がったとき、視界の端に紗奈の姿が見えた気がした。気のせいかもしれなかったが、悠真は少しだけ背筋を伸ばした。


 式が終わり、教室に戻ってからのホームルームは、いつもより静かだった。担任が最後の言葉を述べる間、何人かの女子はもう泣いていた。

「三年間、いろいろあったと思うけど──お前らは、お前らのペースで、ちゃんとここまで来た。それでいいんだ」

 担任の言葉は短かったが、悠真にはその「ちゃんとここまで来た」という一言が、やけに響いた。

 教室を出る前、悠真は自分の机に少しの間だけ手を置いた。ここに座って、紗奈の後ろ姿を眺めていた時間、恒一と馬鹿な話をしていた時間、玲奈と写真の話をしていた時間。全部がこの一つの机に積み重なっている気がした。


 校庭では、あちこちで写真を撮る生徒たちの姿があった。悠真も当然のようにカメラを構えていたが、今日ばかりは自分がレンズの前に立つことの方が多かった。

「悠真、こっち向いて」

 玲奈がスマホを構えて言う。恒一が茶化しながら悠真の肩に腕を回し、紗奈は少し離れた場所で控えめに笑っていた。

「紗奈も入れよ」

 恒一が呼ぶと、紗奈は少し戸惑いながらも、悠真の隣に来た。四人で撮った写真は、後で見返すと誰の表情も少しぎこちなかったが、それがかえって本物らしかった。

 校門の前、桜の木はまだつぼみのままだったが、来年の春には満開になるはずだった。

「これで、もう制服着るのも最後か」

 恒一がしみじみと言うと、玲奈が「湿っぽいの禁止」と笑って肩を叩いた。

 紗奈は校舎を振り返って、しばらく黙って見つめていた。

「──ありがとう、ここで」

 誰に向けた言葉なのか、はっきりとは分からなかった。学校に対してなのか、この三年間に対してなのか、それとも隣にいた人たちに対してなのか。悠真はただ、その言葉を静かに受け止めた。

 四人はしばらく校門の前で立ち話をしてから、それぞれの帰り道に散っていった。


 夕方、悠真は一人で河川敷を訪れた。特に約束していたわけではなかったが、なんとなく足が向いていた。

 土手に座り、夕焼けに染まる川を眺めていると、スマホが鳴った。紗奈からだった。

《今どこ?》

《河川敷》

《やっぱり》

 数分後、紗奈が土手を上ってくるのが見えた。まだ制服姿のままだった。

「なんとなく来る気がした」

「俺もなんとなく来た」

 二人は並んで座り、しばらく何も言わずに夕日を見ていた。一年前の同じ場所で、紗奈が涙を流していたことを、悠真は思い出していた。あの時とは、確かに何かが違っていた。

「高校生活、終わったね」

 紗奈が言った。

「うん。……いろいろあった」

「いろいろあったね、本当に」

 紗奈は膝を抱えて、少し笑った。

「でも、終わってよかったと思ってる。今は」

 その言葉に、悠真は静かに頷いた。今はまだ、二人の関係に確かな名前はついていないのかもしれない。でも、それでいいのだと、悠真は思えるようになっていた。

 夕日が完全に沈むまで、二人はその場所に座り続けた。

 三月の風は、まだ冷たかったが、どこかもう春の匂いがし始めていた。