文化祭前日の放課後、写真部の教室は展示の最終準備で慌ただしかった。
今年の文化祭展示は、写真部として過去最大規模になる予定だった。教室の四方の壁と中央に設置したパネルを使い、部員それぞれの作品を並べていく。全体では五十枚を超える展示になる。
悠真は自分のコーナーに選んだ写真を一枚ずつパネルに貼りながら、位置を微調整していた。玲奈が隣でレイアウトを確認し、恒一が脚立に乗って照明の角度を調整する。それぞれが役割を持って動いていた。
「悠真、この二枚、もう少し間隔を詰めた方がいい。流れが途切れる」
玲奈の指摘は的確だった。悠真のコーナーは十八枚。テーマは『隣にいる、ということ』。展示の順番は、ただ写真を並べるのではなく、見る人が自然に奥へ歩いていけるよう、光の量や構図の方向を計算して決めていた。玲奈はその感覚を悠真より鋭く持っていた。
「ありがとう。助かってる」
「私が言いたくて言ってるだけだから」
玲奈は照れた様子もなく、次のパネルへ移動した。玲奈自身のコーナーには、転校してきてからのこの一年で撮り続けた、この町の風景写真が並んでいた。知らない土地に来た人間の目で切り取った、地元の生徒には見えていなかった景色だった。
紗奈は午後から自習室で勉強していたが、夕方になって様子を見にきた。完成に近づいた展示を、入り口から静かに眺めていた。
悠真が気づいて手招きすると、紗奈は靴音を立てないようにして中に入ってきた。
まず玲奈のコーナーの前で足を止め、それから他の部員たちの写真を順に見ていった。そして悠真のコーナーへ来ると、一枚ずつゆっくりと時間をかけた。
河川敷の後ろ姿から始まり、図書館の窓際、花火大会の帰り道、校庭の隅で空を見上げている一枚。最後は、二人の影が並んで伸びている写真で終わっていた。
紗奈は最後まで歩いて、それからもう一度最初に戻ってきた。
「……悠真は、こういう目で見てたんだね。ずっと」
「そう、かな」
「うん。眩しい瞬間じゃない。でも、確かに誰かがそこにいた、って分かる」
紗奈の言葉に、悠真は胸の中で何かが静かに落ち着く感覚を覚えた。誰かに分かってもらえた、という感覚より、自分がずっと見ていたものを、紗奈も同じように見てくれた、という感覚だった。
「タイトルパネル、ちゃんと読んだ?」
「読んだ。……『分からないまま、それでもそこにいようとすること』」
「うん」
「私たちのことだって、分かった。でも、それだけじゃない気もした。いろんな人の話にもなってる」
悠真は頷いた。それが、展示として成立しているということだと思った。
玲奈と恒一が先に帰り、教室には悠真と紗奈だけが残った。
二人で椅子を並べて座り、完成した展示をしばらく眺めていた。教室の窓から西日が差し込んで、写真のパネルに橙色の光が当たっていた。
「緊張してる?」
紗奈が聞いた。
「少し。でも、後悔はない気がする。ちゃんと自分が見てきたものを出せた」
「それでいいんじゃないかな。展示って、評価されるためにあるわけじゃないから」
「紗奈が言うと、説得力あるな」
「……私も、志望理由書書きながら同じこと思ったから」
紗奈はそう言って、少し笑った。恥ずかしさを隠さない笑い方だった。
窓の外、グラウンドでは翌日の準備をする生徒たちの声が聞こえていた。三年生最後の文化祭が、もうすぐ始まろうとしていた。
「明日、楽しみだね」
紗奈の言葉は、去年より少しだけ軽かった。悠真にはそれが分かった。去年の文化祭前夜、玲奈の告白があって、紗奈が悠真の腕を掴んで、二人の間に名前のない感情が溢れかけていたあの夜とは、空気が違った。
今は、それぞれが自分の輪郭を持ちながら、同じ場所に座っていられる。
「うん。楽しもう」
悠真はそう答えた。特別なことは何もない、ただそれだけの言葉だったが、二人にとっては十分だった。
今年の文化祭展示は、写真部として過去最大規模になる予定だった。教室の四方の壁と中央に設置したパネルを使い、部員それぞれの作品を並べていく。全体では五十枚を超える展示になる。
悠真は自分のコーナーに選んだ写真を一枚ずつパネルに貼りながら、位置を微調整していた。玲奈が隣でレイアウトを確認し、恒一が脚立に乗って照明の角度を調整する。それぞれが役割を持って動いていた。
「悠真、この二枚、もう少し間隔を詰めた方がいい。流れが途切れる」
玲奈の指摘は的確だった。悠真のコーナーは十八枚。テーマは『隣にいる、ということ』。展示の順番は、ただ写真を並べるのではなく、見る人が自然に奥へ歩いていけるよう、光の量や構図の方向を計算して決めていた。玲奈はその感覚を悠真より鋭く持っていた。
「ありがとう。助かってる」
「私が言いたくて言ってるだけだから」
玲奈は照れた様子もなく、次のパネルへ移動した。玲奈自身のコーナーには、転校してきてからのこの一年で撮り続けた、この町の風景写真が並んでいた。知らない土地に来た人間の目で切り取った、地元の生徒には見えていなかった景色だった。
紗奈は午後から自習室で勉強していたが、夕方になって様子を見にきた。完成に近づいた展示を、入り口から静かに眺めていた。
悠真が気づいて手招きすると、紗奈は靴音を立てないようにして中に入ってきた。
まず玲奈のコーナーの前で足を止め、それから他の部員たちの写真を順に見ていった。そして悠真のコーナーへ来ると、一枚ずつゆっくりと時間をかけた。
河川敷の後ろ姿から始まり、図書館の窓際、花火大会の帰り道、校庭の隅で空を見上げている一枚。最後は、二人の影が並んで伸びている写真で終わっていた。
紗奈は最後まで歩いて、それからもう一度最初に戻ってきた。
「……悠真は、こういう目で見てたんだね。ずっと」
「そう、かな」
「うん。眩しい瞬間じゃない。でも、確かに誰かがそこにいた、って分かる」
紗奈の言葉に、悠真は胸の中で何かが静かに落ち着く感覚を覚えた。誰かに分かってもらえた、という感覚より、自分がずっと見ていたものを、紗奈も同じように見てくれた、という感覚だった。
「タイトルパネル、ちゃんと読んだ?」
「読んだ。……『分からないまま、それでもそこにいようとすること』」
「うん」
「私たちのことだって、分かった。でも、それだけじゃない気もした。いろんな人の話にもなってる」
悠真は頷いた。それが、展示として成立しているということだと思った。
玲奈と恒一が先に帰り、教室には悠真と紗奈だけが残った。
二人で椅子を並べて座り、完成した展示をしばらく眺めていた。教室の窓から西日が差し込んで、写真のパネルに橙色の光が当たっていた。
「緊張してる?」
紗奈が聞いた。
「少し。でも、後悔はない気がする。ちゃんと自分が見てきたものを出せた」
「それでいいんじゃないかな。展示って、評価されるためにあるわけじゃないから」
「紗奈が言うと、説得力あるな」
「……私も、志望理由書書きながら同じこと思ったから」
紗奈はそう言って、少し笑った。恥ずかしさを隠さない笑い方だった。
窓の外、グラウンドでは翌日の準備をする生徒たちの声が聞こえていた。三年生最後の文化祭が、もうすぐ始まろうとしていた。
「明日、楽しみだね」
紗奈の言葉は、去年より少しだけ軽かった。悠真にはそれが分かった。去年の文化祭前夜、玲奈の告白があって、紗奈が悠真の腕を掴んで、二人の間に名前のない感情が溢れかけていたあの夜とは、空気が違った。
今は、それぞれが自分の輪郭を持ちながら、同じ場所に座っていられる。
「うん。楽しもう」
悠真はそう答えた。特別なことは何もない、ただそれだけの言葉だったが、二人にとっては十分だった。



