十月に入り、文化祭まで残り三週間ほどになった。写真部の部室には、悠真がこの一年で撮った写真がプリントされ、机いっぱいに並べられていた。
玲奈は一枚一枚を丁寧に見ながら、時々手を止めた。
「やっぱり、これだね」
玲奈が指したのは、河川敷で撮った一枚だった。夕方の光の中、紗奈が一人で座っている後ろ姿。顔は見えないけれど、肩の力が抜けている瞬間が写っていた。
「これ、いつの写真?」
「……去年の冬」
悠真は答えながら、その時期のことを思い出した。紗奈が一番苦しかった頃。あの日、河川敷で何も言わずにただ並んで座っていた記憶が、写真の中にそのまま残っていた。
「悠真の写真、いつもそうだよね。眩しい瞬間じゃなくて、誰かがやっと息を吐けた瞬間を撮ってる」
玲奈の言葉に、悠真は少し驚いた。自分では意識していなかったことを、外から見ている玲奈の方が分かっていた。
「テーマ、決まった気がする」
「何?」
「『隣にいる、ということ』。それでいこうと思う」
図書館では、紗奈が志望理由書の下書きに苦戦していた。
「うまく書けない」
ノートには何度も消した跡があった。悠真が覗き込むと、紗奈は恥ずかしそうにノートを閉じようとした。
「見ないで」
「いいから、見せて」
しばらくのやり取りの後、紗奈は諦めたようにノートを開いた。そこには「文学を通して、人の心の動きを理解したい」という、模範的だけれど紗奈自身の言葉ではない一文が書かれていた。
「これ、紗奈の言葉じゃないよね」
「……分かる?」
「分かるよ。紗奈、もっと自分のこと話していいのに」
紗奈は少し黙った後、ぽつりと言った。
「本当は、自分が一番分からなかった人間だから、誰かの『分からない』に気づける人になりたい、って思ってる」
「それでいいじゃん。それを書けばいいんだよ」
「……恥ずかしいよ、こんなの」
「俺は、その紗奈の言葉が一番好きだけど」
紗奈は顔を赤くしながら、ノートに新しい一文を書き始めた。今度は、誰かの言葉ではなく、自分の言葉だった。
部活帰り、恒一が珍しく真剣な顔で相談を持ちかけてきた。
「面接の練習、付き合ってくれない? 一人だと、なんか嘘っぽい自分になっちゃって」
「いいよ。何が引っかかるんだ?」
「『なぜこの学校を選んだか』って聞かれたら、なんかちゃんとした理由言わなきゃって思っちゃって、本当の理由が言えなくなる」
「本当の理由って?」
「地元にいたい。お前らみたいに、近くで誰かの変化をちゃんと見ていたい、って思ったから」
恒一は言ってから、自分の言葉に少し驚いたような顔をした。
「それでいいんじゃないか? それ、ちゃんと恒一の理由だろ」
「……お前と紗奈見てると、たまにそういう、誤魔化さない言葉が出てくるんだよな」
悠真は笑いながら、自分たちの一年が、思った以上に色々なところに影響を残していることを感じた。
夜、紗奈から短いメッセージが届いた。
「志望理由書、書き直した。今度は、ちゃんと自分の言葉だと思う」
悠真は返信した。
「読みたい。文化祭終わったら見せて」
「うん。約束」
窓の外には、十月の澄んだ夜空が広がっていた。それぞれが、それぞれの言葉を見つけ始めている。隣にいながら、別々の場所へ向かおうとしている季節だった。
玲奈は一枚一枚を丁寧に見ながら、時々手を止めた。
「やっぱり、これだね」
玲奈が指したのは、河川敷で撮った一枚だった。夕方の光の中、紗奈が一人で座っている後ろ姿。顔は見えないけれど、肩の力が抜けている瞬間が写っていた。
「これ、いつの写真?」
「……去年の冬」
悠真は答えながら、その時期のことを思い出した。紗奈が一番苦しかった頃。あの日、河川敷で何も言わずにただ並んで座っていた記憶が、写真の中にそのまま残っていた。
「悠真の写真、いつもそうだよね。眩しい瞬間じゃなくて、誰かがやっと息を吐けた瞬間を撮ってる」
玲奈の言葉に、悠真は少し驚いた。自分では意識していなかったことを、外から見ている玲奈の方が分かっていた。
「テーマ、決まった気がする」
「何?」
「『隣にいる、ということ』。それでいこうと思う」
図書館では、紗奈が志望理由書の下書きに苦戦していた。
「うまく書けない」
ノートには何度も消した跡があった。悠真が覗き込むと、紗奈は恥ずかしそうにノートを閉じようとした。
「見ないで」
「いいから、見せて」
しばらくのやり取りの後、紗奈は諦めたようにノートを開いた。そこには「文学を通して、人の心の動きを理解したい」という、模範的だけれど紗奈自身の言葉ではない一文が書かれていた。
「これ、紗奈の言葉じゃないよね」
「……分かる?」
「分かるよ。紗奈、もっと自分のこと話していいのに」
紗奈は少し黙った後、ぽつりと言った。
「本当は、自分が一番分からなかった人間だから、誰かの『分からない』に気づける人になりたい、って思ってる」
「それでいいじゃん。それを書けばいいんだよ」
「……恥ずかしいよ、こんなの」
「俺は、その紗奈の言葉が一番好きだけど」
紗奈は顔を赤くしながら、ノートに新しい一文を書き始めた。今度は、誰かの言葉ではなく、自分の言葉だった。
部活帰り、恒一が珍しく真剣な顔で相談を持ちかけてきた。
「面接の練習、付き合ってくれない? 一人だと、なんか嘘っぽい自分になっちゃって」
「いいよ。何が引っかかるんだ?」
「『なぜこの学校を選んだか』って聞かれたら、なんかちゃんとした理由言わなきゃって思っちゃって、本当の理由が言えなくなる」
「本当の理由って?」
「地元にいたい。お前らみたいに、近くで誰かの変化をちゃんと見ていたい、って思ったから」
恒一は言ってから、自分の言葉に少し驚いたような顔をした。
「それでいいんじゃないか? それ、ちゃんと恒一の理由だろ」
「……お前と紗奈見てると、たまにそういう、誤魔化さない言葉が出てくるんだよな」
悠真は笑いながら、自分たちの一年が、思った以上に色々なところに影響を残していることを感じた。
夜、紗奈から短いメッセージが届いた。
「志望理由書、書き直した。今度は、ちゃんと自分の言葉だと思う」
悠真は返信した。
「読みたい。文化祭終わったら見せて」
「うん。約束」
窓の外には、十月の澄んだ夜空が広がっていた。それぞれが、それぞれの言葉を見つけ始めている。隣にいながら、別々の場所へ向かおうとしている季節だった。



