五月の連休明けから一週間。紗奈はクリニックへの通院を再開し、医師と相談しながら薬の量を調整している。悠真は迎えに行くたび、紗奈の「今日は普通」という曖昧な返事に少しずつ慣れていく。慣れることが、安心とは違うものだということにも、薄々気づき始めていた。
放課後、教室に残っていた悠真に恒一が声をかける。
「お前、最近ちゃんと飯食ってるか」
悠真は一瞬詰まってから、「食べてるよ」と答えた。だが恒一は引かなかった。
「昨日も今日も、コンビニのパンだけだったろ。見てたんだよ」
悠真はため息をつき、ようやく本音をこぼす。
「紗奈のことばっかり考えてたら、自分のことが疎かになる。今日は調子いいかな、ご飯食べられたかな、薬飲んだかな……それで頭がいっぱいになる」
恒一はしばらく黙ってから、いつもより低い声で言った。
「お前が倒れたら、紗奈はもっと自分を責めるぞ」
軽い口調だったが、核心を突く言葉だった。悠真は何も言えず、ただ俯いた。
「俺はお前らのこと、ずっと見てきた。だからこそ言うけど──支えるのと、自分をすり減らすのは、別の話だ」
部室では、玲奈がフィルムを現像しながら、ふと口を開いた。
「最近、悠真の写真、ピントが甘い」
悠真が苦笑いすると、玲奈は手を止めずに続けた。
「支えるのと、抱え込むのは違うと思う」
「……それ、恒一にも似たようなこと言われた」
「みんな見てるってこと」
玲奈は現像液から取り出した一枚を、ライトボックスの上に置いた。悠真の写真だった。ピントは確かに、いつもより甘かった。
「悠真は、紗奈さんを見てる時の自分にしか焦点を合わせてない。それ以外がぼやけてる」
悠真はその言葉を、すぐには受け止められなかった。
夜、紗奈から「今日は調子がいい日だった」というメッセージが届く。悠真は「よかった」と返しながら、その"良い日"がいつまで続くか分からない不安を、誰にも言えずに抱えている。
返信を打ち終えたあと、悠真はしばらく画面を見つめたまま動けなかった。良い日を喜ぶ自分と、悪い日を恐れる自分が、いつも同時に存在していた。喜びきれない自分に、少し嫌悪も感じていた。
机の上には、提出期限を二日過ぎた課題が置いてある。気づいてはいたが、後回しにしていた。紗奈のことを優先するたび、自分の時間がどこかへ消えていく感覚があった。それを誰かに相談することも、これまでは思いつかなかった。
恒一と玲奈、二人から同じ日に同じ意味の言葉をかけられたことが、悠真の中で小さな引っかかりになっていた。
支える側にも、支えが必要なのかもしれない。
その考えに辿り着いたのは初めてだった。だがそれを認めることは、紗奈への気持ちを薄めることのような気がして、すぐには受け入れられなかった。
支える側の悠真にも、見えない疲れが積み重なり始めていた。誰にも気づかれないまま、それは少しずつ重さを増していく。
放課後、教室に残っていた悠真に恒一が声をかける。
「お前、最近ちゃんと飯食ってるか」
悠真は一瞬詰まってから、「食べてるよ」と答えた。だが恒一は引かなかった。
「昨日も今日も、コンビニのパンだけだったろ。見てたんだよ」
悠真はため息をつき、ようやく本音をこぼす。
「紗奈のことばっかり考えてたら、自分のことが疎かになる。今日は調子いいかな、ご飯食べられたかな、薬飲んだかな……それで頭がいっぱいになる」
恒一はしばらく黙ってから、いつもより低い声で言った。
「お前が倒れたら、紗奈はもっと自分を責めるぞ」
軽い口調だったが、核心を突く言葉だった。悠真は何も言えず、ただ俯いた。
「俺はお前らのこと、ずっと見てきた。だからこそ言うけど──支えるのと、自分をすり減らすのは、別の話だ」
部室では、玲奈がフィルムを現像しながら、ふと口を開いた。
「最近、悠真の写真、ピントが甘い」
悠真が苦笑いすると、玲奈は手を止めずに続けた。
「支えるのと、抱え込むのは違うと思う」
「……それ、恒一にも似たようなこと言われた」
「みんな見てるってこと」
玲奈は現像液から取り出した一枚を、ライトボックスの上に置いた。悠真の写真だった。ピントは確かに、いつもより甘かった。
「悠真は、紗奈さんを見てる時の自分にしか焦点を合わせてない。それ以外がぼやけてる」
悠真はその言葉を、すぐには受け止められなかった。
夜、紗奈から「今日は調子がいい日だった」というメッセージが届く。悠真は「よかった」と返しながら、その"良い日"がいつまで続くか分からない不安を、誰にも言えずに抱えている。
返信を打ち終えたあと、悠真はしばらく画面を見つめたまま動けなかった。良い日を喜ぶ自分と、悪い日を恐れる自分が、いつも同時に存在していた。喜びきれない自分に、少し嫌悪も感じていた。
机の上には、提出期限を二日過ぎた課題が置いてある。気づいてはいたが、後回しにしていた。紗奈のことを優先するたび、自分の時間がどこかへ消えていく感覚があった。それを誰かに相談することも、これまでは思いつかなかった。
恒一と玲奈、二人から同じ日に同じ意味の言葉をかけられたことが、悠真の中で小さな引っかかりになっていた。
支える側にも、支えが必要なのかもしれない。
その考えに辿り着いたのは初めてだった。だがそれを認めることは、紗奈への気持ちを薄めることのような気がして、すぐには受け入れられなかった。
支える側の悠真にも、見えない疲れが積み重なり始めていた。誰にも気づかれないまま、それは少しずつ重さを増していく。



