翌日。
紗奈はクリニックに電話した。
約束通りに。
その日の午後、緊急で診察の枠を取ってもらえることになった。
由美子さんが付き添った。
悠真は学校で、それを知らずに過ごしていた。
授業中もスマホが気になった。でも紗奈からは何も来なかった。
放課後、恒一と二人で中庭のベンチに座った。
「話せるか、って言ってたな」
恒一が言った。
「うん」
「紗奈のこと?」
「……昨日の夜、消えたいって言ってた」
恒一は何も言わなかった。
ただ、少し前のめりになって聞いていた。
「お母さんの部屋に行ってもらって、今日クリニックに電話するって約束して。それだけしかできなかった」
「それだけ、じゃないだろ」
「でも怖かった。俺が気づかなかったら、って」
恒一はしばらく黙っていた。
それから言った。
「お前が全部を防げるわけじゃない」
「分かってる」
「分かってるか?」
悠真は黙った。
「お前が気づいて、電話して、お母さんのとこに行かせた。それは本物だよ。でも、それがあってもどうにもならない夜が来るかもしれない。それはお前のせいじゃない」
「……怖いんだよ、それが」
「そうだろうな」
恒一は空を見た。
「でもお前一人で抱えたら、お前が壊れる。そしたら紗奈の隣に誰もいなくなる」
夕方、紗奈から連絡が来た。
「今日、緊急で診てもらった。先生に昨日のこと全部話した」
「そっか。話せたな」
「うん。入院とかじゃなくて、薬を変えて、次の診察を早めることになった。あと、お母さんにも改めて全部話した」
「……よかった」
「お母さん、泣いてた。でも怒らなかった。ずっとそばにいてくれた」
悠真は画面を見つめた。
「紗奈、昨日約束守ってくれたな」
「守ったよ」
少し経って、もう一つ届いた。
「悠真が言ってくれたから」
その夜、悠真は自分の部屋で久しぶりにカメラを手に取った。
何かを撮りたかったわけじゃない。
ただ手に持っていたかった。
液晶に映ったのは、自分の部屋の天井だった。
何でもない景色。でも今、自分がここにいる。
紗奈も、今夜どこかにいる。
それだけで、今夜はよかった。
数日後。
学校の廊下で、玲奈が悠真に声をかけた。
「紗奈さん、最近どうですか」
「……少しずつ、かな」
「そうですか」
玲奈は少し考えてから言った。
「私、何もできていないですよね」
「そんなことない」
「でも」
「この前のファミレス、紗奈が帰り道で『玲奈が来てくれて嬉しかった』って言ってた」
玲奈は少し目を見開いた。
「……そうですか」
「隣にいるだけで、意味があることがある」
玲奈は頷いた。
「それは、悠真くんが一番よく知ってますよね」
悠真は答えなかった。
でも否定もしなかった。
三月の半ば。
紗奈と二人で、久しぶりに放課後を一緒に過ごした。
特別なことは何もしなかった。
コンビニで温かい飲み物を買って、川沿いを少しだけ歩いた。
紗奈はまだどこか、膜越しに世界を見ているようだった。
でも歩いていた。隣にいた。
しばらくして、紗奈が言った。
「春になったら、少し変わるかな」
「変わるんじゃないか」
「根拠は?」
「なんとなく」
紗奈が小さく笑った。
感情が薄いなりの、でも確かな笑顔だった。
「なんとなく、か」
「ダメか」
「……ううん」
紗奈は川面を見た。
光がゆらゆらと揺れていた。
「なんとなく、でいいかもしれない」
紗奈はクリニックに電話した。
約束通りに。
その日の午後、緊急で診察の枠を取ってもらえることになった。
由美子さんが付き添った。
悠真は学校で、それを知らずに過ごしていた。
授業中もスマホが気になった。でも紗奈からは何も来なかった。
放課後、恒一と二人で中庭のベンチに座った。
「話せるか、って言ってたな」
恒一が言った。
「うん」
「紗奈のこと?」
「……昨日の夜、消えたいって言ってた」
恒一は何も言わなかった。
ただ、少し前のめりになって聞いていた。
「お母さんの部屋に行ってもらって、今日クリニックに電話するって約束して。それだけしかできなかった」
「それだけ、じゃないだろ」
「でも怖かった。俺が気づかなかったら、って」
恒一はしばらく黙っていた。
それから言った。
「お前が全部を防げるわけじゃない」
「分かってる」
「分かってるか?」
悠真は黙った。
「お前が気づいて、電話して、お母さんのとこに行かせた。それは本物だよ。でも、それがあってもどうにもならない夜が来るかもしれない。それはお前のせいじゃない」
「……怖いんだよ、それが」
「そうだろうな」
恒一は空を見た。
「でもお前一人で抱えたら、お前が壊れる。そしたら紗奈の隣に誰もいなくなる」
夕方、紗奈から連絡が来た。
「今日、緊急で診てもらった。先生に昨日のこと全部話した」
「そっか。話せたな」
「うん。入院とかじゃなくて、薬を変えて、次の診察を早めることになった。あと、お母さんにも改めて全部話した」
「……よかった」
「お母さん、泣いてた。でも怒らなかった。ずっとそばにいてくれた」
悠真は画面を見つめた。
「紗奈、昨日約束守ってくれたな」
「守ったよ」
少し経って、もう一つ届いた。
「悠真が言ってくれたから」
その夜、悠真は自分の部屋で久しぶりにカメラを手に取った。
何かを撮りたかったわけじゃない。
ただ手に持っていたかった。
液晶に映ったのは、自分の部屋の天井だった。
何でもない景色。でも今、自分がここにいる。
紗奈も、今夜どこかにいる。
それだけで、今夜はよかった。
数日後。
学校の廊下で、玲奈が悠真に声をかけた。
「紗奈さん、最近どうですか」
「……少しずつ、かな」
「そうですか」
玲奈は少し考えてから言った。
「私、何もできていないですよね」
「そんなことない」
「でも」
「この前のファミレス、紗奈が帰り道で『玲奈が来てくれて嬉しかった』って言ってた」
玲奈は少し目を見開いた。
「……そうですか」
「隣にいるだけで、意味があることがある」
玲奈は頷いた。
「それは、悠真くんが一番よく知ってますよね」
悠真は答えなかった。
でも否定もしなかった。
三月の半ば。
紗奈と二人で、久しぶりに放課後を一緒に過ごした。
特別なことは何もしなかった。
コンビニで温かい飲み物を買って、川沿いを少しだけ歩いた。
紗奈はまだどこか、膜越しに世界を見ているようだった。
でも歩いていた。隣にいた。
しばらくして、紗奈が言った。
「春になったら、少し変わるかな」
「変わるんじゃないか」
「根拠は?」
「なんとなく」
紗奈が小さく笑った。
感情が薄いなりの、でも確かな笑顔だった。
「なんとなく、か」
「ダメか」
「……ううん」
紗奈は川面を見た。
光がゆらゆらと揺れていた。
「なんとなく、でいいかもしれない」



