年が明けた。
元日の朝、悠真は紗奈にメッセージを送った。
「あけおめ。今年もよろしく」
返信が来たのは夕方だった。
「おめでとう。よろしく」
短かったが、来た。
悠真はそれを三回読んだ。
三が日が過ぎて、恒一から連絡が来た。
「初詣行かね。玲奈も来るって」
悠真は少し考えてから、紗奈に聞いた。
「恒一たちと初詣行くけど、来れそう?」
既読がついた。
しばらく経って「行けたら行く」と返ってきた。
悠真は「分かった、無理しなくていい」と返した。
当日、紗奈は来なかった。
神社の境内で、恒一が隣を歩きながら何気なく言った。
「紗奈、最近どうなの」
悠真は少し間を置いた。
「……しんどそう」
「そっか」
恒一はそれ以上聞かなかった。
人混みを抜けたところで、二人は並んで甘酒を飲んだ。白い息が空気に溶けていく。
「お前、無理してないか」
恒一が言った。
悠真は答えなかった。
「紗奈のこと支えようとして、自分が消えてない?」
「消えてはない」
「でも?」
「……怖い」
それだけ言うと、恒一は「そうだろうな」とだけ言った。
責めるでもなく、励ますでもなく、ただそこにいた。
玲奈が温かい飲み物を三つ持って戻ってきて、「何の話してたんですか」と聞いた。
「お前の恋バナ」と恒一が言い、玲奈が「嘘つかないでください」と返した。
悠真は少しだけ笑えた。
七日の夜。
紗奈から電話が来た。
「悠真、今話せる?」
「話せる」
「……ちょっと、怖くなってきた」
悠真は背筋が伸びる感覚がした。
「怖い、って、どんな感じ?」
「消えたい、とまでは違う。でも……朝が来るのが嫌で。また一日が始まるって思うと、息ができない感じがする」
「今、どこにいる?」
「部屋。ベッドの上」
「お母さんはいる?」
「うん、下に」
「そっか」
悠真は静かに呼吸した。
「一個だけ聞いていい。自分を傷つけたいとか、そういう気持ちはある?」
少しの沈黙。
「……今は、ない。でも怖いのは、分からなくなることかもしれない」
「教えてくれてありがとう」
「……ごめん、こんなこと言って」
「謝らなくていい。電話してくれて良かった」
悠真は言葉を選んだ。慎重に、でも正直に。
「紗奈、一つだけお願いしていい?」
「うん」
「お母さんに、今日の気持ち、話してみてほしい。全部じゃなくていい。しんどいってだけでもいい」
紗奈は黙った。
「……怖い」
「何が怖い?」
「心配させたくない。ちゃんとしなきゃって思われたくない」
「でも、お母さんは紗奈のお母さんだから」
「……うん」
「俺も一緒に聞いてるから。電話繋いだままでもいい」
長い沈黙があった。
「……考えてみる」
「うん」
「悠真」
「うん」
「ありがとう。いてくれて」
翌朝。
紗奈からメッセージが来た。
「お母さんに少し話した。泣かせてしまったけど、怒られなかった」
悠真は画面を見て、目の奥が熱くなった。
「よかった。話せたな」
「うん。……悠真に言われなかったら、言えなかったと思う」
「紗奈が言ったんだよ」
しばらくして「そうかな」と返ってきた。
「そうだよ」
既読がついて、返信はなかった。でも今日は、それでよかった。
その日の夕方、悠真は一人で川沿いを歩いた。
カメラは持っていなかった。
ただ歩きながら、紗奈の声を頭の中で繰り返していた。
朝が来るのが嫌で。また一日が始まるって思うと、息ができない。
悠真には、それが分からなかった。
朝が怖いという感覚が、体感として分からない。
でも、紗奈がそう感じていることは分かった。
分からないけれど、そこにある。
それだけを持って、隣にいようとしていた。
夜、悠真は検索した。
「うつ 家族 支え方」
「大切な人がしんどそうなとき」
「話を聞くとき してはいけないこと」
いくつかのページを読んだ。
「頑張れ」は言わない。「なんで」と聞かない。解決しようとしない。ただ、そこにいる。
そういう言葉が並んでいた。
悠真は画面を閉じた。
正解なんてないのかもしれない、と思った。
でも、電話が来るたびに出ること。名前を呼ぶこと。「いる」と言い続けること。
今の自分にできることは、それだった。
元日の朝、悠真は紗奈にメッセージを送った。
「あけおめ。今年もよろしく」
返信が来たのは夕方だった。
「おめでとう。よろしく」
短かったが、来た。
悠真はそれを三回読んだ。
三が日が過ぎて、恒一から連絡が来た。
「初詣行かね。玲奈も来るって」
悠真は少し考えてから、紗奈に聞いた。
「恒一たちと初詣行くけど、来れそう?」
既読がついた。
しばらく経って「行けたら行く」と返ってきた。
悠真は「分かった、無理しなくていい」と返した。
当日、紗奈は来なかった。
神社の境内で、恒一が隣を歩きながら何気なく言った。
「紗奈、最近どうなの」
悠真は少し間を置いた。
「……しんどそう」
「そっか」
恒一はそれ以上聞かなかった。
人混みを抜けたところで、二人は並んで甘酒を飲んだ。白い息が空気に溶けていく。
「お前、無理してないか」
恒一が言った。
悠真は答えなかった。
「紗奈のこと支えようとして、自分が消えてない?」
「消えてはない」
「でも?」
「……怖い」
それだけ言うと、恒一は「そうだろうな」とだけ言った。
責めるでもなく、励ますでもなく、ただそこにいた。
玲奈が温かい飲み物を三つ持って戻ってきて、「何の話してたんですか」と聞いた。
「お前の恋バナ」と恒一が言い、玲奈が「嘘つかないでください」と返した。
悠真は少しだけ笑えた。
七日の夜。
紗奈から電話が来た。
「悠真、今話せる?」
「話せる」
「……ちょっと、怖くなってきた」
悠真は背筋が伸びる感覚がした。
「怖い、って、どんな感じ?」
「消えたい、とまでは違う。でも……朝が来るのが嫌で。また一日が始まるって思うと、息ができない感じがする」
「今、どこにいる?」
「部屋。ベッドの上」
「お母さんはいる?」
「うん、下に」
「そっか」
悠真は静かに呼吸した。
「一個だけ聞いていい。自分を傷つけたいとか、そういう気持ちはある?」
少しの沈黙。
「……今は、ない。でも怖いのは、分からなくなることかもしれない」
「教えてくれてありがとう」
「……ごめん、こんなこと言って」
「謝らなくていい。電話してくれて良かった」
悠真は言葉を選んだ。慎重に、でも正直に。
「紗奈、一つだけお願いしていい?」
「うん」
「お母さんに、今日の気持ち、話してみてほしい。全部じゃなくていい。しんどいってだけでもいい」
紗奈は黙った。
「……怖い」
「何が怖い?」
「心配させたくない。ちゃんとしなきゃって思われたくない」
「でも、お母さんは紗奈のお母さんだから」
「……うん」
「俺も一緒に聞いてるから。電話繋いだままでもいい」
長い沈黙があった。
「……考えてみる」
「うん」
「悠真」
「うん」
「ありがとう。いてくれて」
翌朝。
紗奈からメッセージが来た。
「お母さんに少し話した。泣かせてしまったけど、怒られなかった」
悠真は画面を見て、目の奥が熱くなった。
「よかった。話せたな」
「うん。……悠真に言われなかったら、言えなかったと思う」
「紗奈が言ったんだよ」
しばらくして「そうかな」と返ってきた。
「そうだよ」
既読がついて、返信はなかった。でも今日は、それでよかった。
その日の夕方、悠真は一人で川沿いを歩いた。
カメラは持っていなかった。
ただ歩きながら、紗奈の声を頭の中で繰り返していた。
朝が来るのが嫌で。また一日が始まるって思うと、息ができない。
悠真には、それが分からなかった。
朝が怖いという感覚が、体感として分からない。
でも、紗奈がそう感じていることは分かった。
分からないけれど、そこにある。
それだけを持って、隣にいようとしていた。
夜、悠真は検索した。
「うつ 家族 支え方」
「大切な人がしんどそうなとき」
「話を聞くとき してはいけないこと」
いくつかのページを読んだ。
「頑張れ」は言わない。「なんで」と聞かない。解決しようとしない。ただ、そこにいる。
そういう言葉が並んでいた。
悠真は画面を閉じた。
正解なんてないのかもしれない、と思った。
でも、電話が来るたびに出ること。名前を呼ぶこと。「いる」と言い続けること。
今の自分にできることは、それだった。



