夢百夜

高校時代に聞いた話。

私の高校の近くには、伝統あるミッション系の女子高校があった。
その高校の敷地内にはいくつもの聖母マリア像が佇んでいるのだが、今は使われていない旧校舎の奥深くに、ひっそりと佇む「真っ黒なマリア像」があるのだという。

そのマリア様は、世間一般の慈愛に満ちた聖母ではない。
『何かひとつ、大切な生贄を差し出せば、ひとつだけ願いを叶えてくれる』
いつからか生徒たちの間で、そんな不気味な噂が囁かれる呪いの偶像だった。

昭和も終わりかけた、ある年のこと。その学校に通う一人の少女が、突然の重病によって若くして亡くなった。
彼女の親友だった別の少女は、あまりのショックから立ち直れず、そのまま高校を退学してしまった。残された同級生たちは、彼女の精神状態をひどく心配していたという。

しかし数年後、かつての同級生たちは思わぬ形で彼女の消息を知ることになる。
なんと彼女は、日本屈指の難関として知られる、あの有名な某歌劇団の付属高校に見事合格し、入団を果たしていたのだ。しかも、群を抜いた「美声」を高く評価されての特待生扱いだった。

かつての同級生たちは、一様に首を傾げ、驚愕した。
なぜなら、彼女が高校を辞める前、特別に歌が上手かったという記憶など誰一人として持っていなかったからだ。

さらに同級生たちを恐怖させたのは、数年越しに劇場で耳にした、彼女の現在の「歌声」だった。

ステージの真ん中で彼女が口を開いた瞬間、劇場中の空気が震えた。
その声は、かつての彼女の声とは似ても似つかないほどに美しく、神聖で、聴く者すべての心を強引に奪い去るような、天上の響きを持っていた。

……あまりにも、美しすぎた。

それはまるで、あの若くして亡くなった親友の少女が、もし生きていれば持っていたであろう「未来の可能性」を、そのまま喉に宿したかのような声だったのだという。