大学時代に、「キツネ」に呪われている一族の男に出会った。
彼が困り果てていたので、私は「キツネは犬を怖がるっていうし、犬を飼ってみたらどう?」と、民間伝承をヒントに提案してみた。よっぽど困っていたのだろう。彼は、一度に十五匹もの柴犬を買い込み、自宅で飼い始めた。
さて、その効果は絶大だった。
以来、彼の周りで不気味な怪異はピタリと収まった。味を占めた彼の親戚一同も、こぞって家に犬を迎え入れ、一族は束の間の平穏を手に入れた。
しかし、長年彼らの家系を縛り続けてきたキツネの側も、ただ黙って退散するようなことはなかった。
ある激しい嵐の夜のこと。キツネの軍勢が、彼の屋敷へ総攻撃を仕掛けてきたのだ。
その夜は一晩中、激しい犬の遠吠えや悲鳴、そして時折、闇を切り裂くような「コーン」という鋭い獣の声が響き渡り、彼らは恐怖に震えたという。
翌朝、彼らが恐る恐る母屋の扉を開けると、そこは凄惨な修羅場と化していた。
十五匹の柴犬がすべて、喉を噛みちぎられて全滅していたのだ。しかし、その死骸の真ん中には、見たこともないほど巨大で、尾が幾筋にも分かれた凄まじいキツネの死骸が横たわっていた。
「ああ、これが我が家を呪っていた化け狐か!」
駆けつけた親戚たちは、ついに呪いの主を討ち果たしたのだと歓喜し、これでようやく一族に平和が訪れると安心しきっていたそうだ。
しかし、可哀想なことが起きた。
彼らは「キツネを倒すために、十五匹もの忠実な犬を盾にして死なせた」結果、今度は、「犬神さま」の怒りを買ってしまった。犬神さまのせいで、彼ら一族は、以前よりも恐ろしい怪異を経験するはめになった。
それからしばらく経った、ある日のこと。
私が大学の図書館を出ると、静かなキャンパスに不釣り合いな「ワン、ワン!」という、低く寂しげな犬の鳴き声が響いた。
(大学に犬なんておかしい)
不思議に思って声のする植え込みの陰を覗き込んだ私は、思わず目を丸くした。そこにいたのは、衣服を泥塗れにし、両手両足を地面につけて完全な「四つん這い」になった彼だった。
彼は、酷く悲しげな顔で私のほうをじっと見つめると、もう一度「わんわん」と、物乞いをするような声で鳴いた。私が声をかけようとした、その刹那のことだ。
彼の顔から、人間らしい悲哀の表情がすっぽりと抜け落ちた。
そして、口元を信じられない角度まで吊り上げると、「ニヘヘッ、ニヘヘヘヘッ!」と不気味な狂笑を漏らし、人間のものとは思えない恐るべき速度で、四足歩行のまま校門の方へと駆け抜けていってしまったのだ。
それ以来、私は二度と彼を見ていない。きっと、彼の精神も肉体も、もう完全に「だめ」になってしまったのだろう。
彼が困り果てていたので、私は「キツネは犬を怖がるっていうし、犬を飼ってみたらどう?」と、民間伝承をヒントに提案してみた。よっぽど困っていたのだろう。彼は、一度に十五匹もの柴犬を買い込み、自宅で飼い始めた。
さて、その効果は絶大だった。
以来、彼の周りで不気味な怪異はピタリと収まった。味を占めた彼の親戚一同も、こぞって家に犬を迎え入れ、一族は束の間の平穏を手に入れた。
しかし、長年彼らの家系を縛り続けてきたキツネの側も、ただ黙って退散するようなことはなかった。
ある激しい嵐の夜のこと。キツネの軍勢が、彼の屋敷へ総攻撃を仕掛けてきたのだ。
その夜は一晩中、激しい犬の遠吠えや悲鳴、そして時折、闇を切り裂くような「コーン」という鋭い獣の声が響き渡り、彼らは恐怖に震えたという。
翌朝、彼らが恐る恐る母屋の扉を開けると、そこは凄惨な修羅場と化していた。
十五匹の柴犬がすべて、喉を噛みちぎられて全滅していたのだ。しかし、その死骸の真ん中には、見たこともないほど巨大で、尾が幾筋にも分かれた凄まじいキツネの死骸が横たわっていた。
「ああ、これが我が家を呪っていた化け狐か!」
駆けつけた親戚たちは、ついに呪いの主を討ち果たしたのだと歓喜し、これでようやく一族に平和が訪れると安心しきっていたそうだ。
しかし、可哀想なことが起きた。
彼らは「キツネを倒すために、十五匹もの忠実な犬を盾にして死なせた」結果、今度は、「犬神さま」の怒りを買ってしまった。犬神さまのせいで、彼ら一族は、以前よりも恐ろしい怪異を経験するはめになった。
それからしばらく経った、ある日のこと。
私が大学の図書館を出ると、静かなキャンパスに不釣り合いな「ワン、ワン!」という、低く寂しげな犬の鳴き声が響いた。
(大学に犬なんておかしい)
不思議に思って声のする植え込みの陰を覗き込んだ私は、思わず目を丸くした。そこにいたのは、衣服を泥塗れにし、両手両足を地面につけて完全な「四つん這い」になった彼だった。
彼は、酷く悲しげな顔で私のほうをじっと見つめると、もう一度「わんわん」と、物乞いをするような声で鳴いた。私が声をかけようとした、その刹那のことだ。
彼の顔から、人間らしい悲哀の表情がすっぽりと抜け落ちた。
そして、口元を信じられない角度まで吊り上げると、「ニヘヘッ、ニヘヘヘヘッ!」と不気味な狂笑を漏らし、人間のものとは思えない恐るべき速度で、四足歩行のまま校門の方へと駆け抜けていってしまったのだ。
それ以来、私は二度と彼を見ていない。きっと、彼の精神も肉体も、もう完全に「だめ」になってしまったのだろう。



