大学時代に出会った、安部公房を異常なほどに盲愛する男の話。
彼は安部公房の代表作である『箱男』に心底傾倒するあまり、あろうことか作中の奇行をそのまま現実で真似し始めた。
ダンボール箱をすっぽりと頭から被り、覗き窓を開け、街のあらゆる場所にただじっと佇むのだ。
彼が最も好んだのは、心霊スポットとして知られる各地の廃墟の片隅で「箱男」になることだった。
「肝試しにやってきたやつらが、暗闇の中で悲鳴を上げる。それを箱の内側の覗き窓からじっと見つめている時間が、たまらなく愉しいんだ」
彼は歪んだ優越感を滲ませながらそう語っていた。箱という絶対の安全圏から他者の恐怖を観察する行為は、彼にとって至上のエンターテインメントだったらしい。
しかし、ある夜。とある曰く付きの有名な廃墟の奥で箱に籠もっていたところ、文字通り「恐ろしいもの」を視てしまったのだという。
それ以来、彼はあれほど愛していた「箱」という存在そのものを病的に恐れるようになった。
「部屋も箱だ! 教室も、車も、トイレも、浴槽も……すべてが僕を閉じ込める箱じゃないか!」
彼は室内に一歩も入ることができなくなってしまった。四方を壁に囲まれた空間そのものが、あの夜に廃墟で視た怪異と直結してしまっているようだった。結局、彼はそのまま家を捨てて完全なホームレスになってしまった。
しばらくの間は、大学の周りをうろうろしていたのだが、警察にパトカーに乗せられかけたのをきっかけに、どこかへ行ってしまった。廃墟の箱の中で一体「何を」視てしまったのか。それを聞き出す前に彼が消えてしまったことだけが、少しだけ心残りだった。
彼は安部公房の代表作である『箱男』に心底傾倒するあまり、あろうことか作中の奇行をそのまま現実で真似し始めた。
ダンボール箱をすっぽりと頭から被り、覗き窓を開け、街のあらゆる場所にただじっと佇むのだ。
彼が最も好んだのは、心霊スポットとして知られる各地の廃墟の片隅で「箱男」になることだった。
「肝試しにやってきたやつらが、暗闇の中で悲鳴を上げる。それを箱の内側の覗き窓からじっと見つめている時間が、たまらなく愉しいんだ」
彼は歪んだ優越感を滲ませながらそう語っていた。箱という絶対の安全圏から他者の恐怖を観察する行為は、彼にとって至上のエンターテインメントだったらしい。
しかし、ある夜。とある曰く付きの有名な廃墟の奥で箱に籠もっていたところ、文字通り「恐ろしいもの」を視てしまったのだという。
それ以来、彼はあれほど愛していた「箱」という存在そのものを病的に恐れるようになった。
「部屋も箱だ! 教室も、車も、トイレも、浴槽も……すべてが僕を閉じ込める箱じゃないか!」
彼は室内に一歩も入ることができなくなってしまった。四方を壁に囲まれた空間そのものが、あの夜に廃墟で視た怪異と直結してしまっているようだった。結局、彼はそのまま家を捨てて完全なホームレスになってしまった。
しばらくの間は、大学の周りをうろうろしていたのだが、警察にパトカーに乗せられかけたのをきっかけに、どこかへ行ってしまった。廃墟の箱の中で一体「何を」視てしまったのか。それを聞き出す前に彼が消えてしまったことだけが、少しだけ心残りだった。



