夢百夜

私の実家には、壁一面を占めるほどの大きな大きな「扉の絵」が飾られていた。それは祖父の兄――私にとっての大おじが遺したものだという。

大おじは生前、「この世界にいるのが嫌だ」「ここは僕のいるべき世界ではない」と、ずっと思い詰めたように零していたらしい。ある日、彼は壁に巨大な扉の絵を描き始め、それが完成した春の夜、置手紙を遺して姿を消した。そこには『正しい世界に行きます』とだけ書かれていた。

警察に捜索願を出したものの、大おじは、決して見つかることはなかった。

彼が消えて以来、その扉の絵からは、現実のどこでも聴いたことがないような美しい音楽と、大おじの満足そうな笑い声が、稀に聞こえてくることがある。

しかし、我が家においてこの音に関する話題は絶対の禁句だった。家族はみんな、それが聞こえてきても、聞こえないふりをしてやり過ごしている。

ただ一人、おばだけは違う。
おばは、音が響き渡るたび、「みんな聞こえてるんでしょ? ここから妖精が出てきたんだから」と、主張している。