大学に上がった頃のこと。私は風変わりな男に出会った。
その男は、触れた物体に残された「持ち主の記憶」を正確に読み取ることができるのだという。誰かが大切にしていた遺品に触れれば、その主が死の間際に抱いていた生々しい想いまで、すべて頭の中に流れ込んでくるらしい。
男はその力を使い、大切な人の最期に立ち会えなかった遺族を相手に、奇妙な商売を営んでいた。遺品に触れて故人の最期の言葉を通訳する仕事だ。一件あたり100万円という法外な報酬を受け取っていた。
私は心底呆れ、「なんて質の悪い、現代のイタコだろう」と思った。
さて、我が家の蔵には、戦時中に特高警察に捕らえられ、凄惨な拷問の末に亡くなったという遠い親戚の遺品がいくつか保存されていた。
その中に、彼が肌身離さず大事にしていた一本の古い高級ボールペンがあった。私はそれを持って男のところへ行き、少し意地の悪いテストをしてやることにした。
「これ、作家志望のまま若くして病死した、私の親友の遺品なんです。彼女が最後に遺した言葉を聞かせてくれませんか」
彼の見え透いた嘘を暴き、詐欺ビジネスを嘲笑ってやるつもりだった。
ところが、男がそのボールペンに指先を触れた、まさにその瞬間のことだった。
男は目を見開き、喉が千切れるほどの声で「痛い! 痛い! 痛い!!! 爪! 爪、剥いでーーーー!!」と、のたうち回りながら絶叫し始めた。そのまま、よくわからない罵倒語をいくつか口走ったかと思うと、そのまま白目を剥いて、失禁し、完全に精神を崩壊させてしまった。
どうやら、彼の言っていた「能力」は本物だったらしい。今は、病院の奥で「爪を剥いでくれ!」と一日中 叫び続けている。世の中には、本当に不思議なこともあるものだ。



