「小春!何をしているの!」
「すみません」
「秋穂から聞いていたでしょう!なのにまだ準備がすんでいないなんて!」
修行から帰った小春を待っていたのはかんかんに起こった千代だった。秋穂からはついさっき事情を聞いたと言うのに。千代は小春の言い訳も聞かず、金切り声をあげている。
小春は口をつぐんで俯いていた。反論すれば余計説教の時間が長くなるので、黙っているのが一番なのだ。そんな何も言わない小春を千代は忌々しそうに睨みつけた。
「これだからお前は……」
そして大きなため息をついた。千代の後ろに控えている使用人も思わずクスリと笑った。
「もういいわ!早く準備して来なさい!」
言いたい事だけ言うと、千代はわざと小春にぶつかりながら去って行った。そんな千代の後ろ姿を見送る事もなく、小春は部屋に入って行った。
ーー準備しろ、と言われてもねえ。
箪笥をあけて着物を見るが、どの着物もほつれていてくすんだ色合いの物ばかりだ。この部屋に閉じ込められた際、必要最低限の着物しか持ち込まれなかったのだ。当然あれから二年新しい着物は買ってもらっていない。もともと持っていた高価な着物は今は秋穂が着ている。
小春はため息をつきながら、質素な中でも一番見栄えのする着物を手に取った。
あれから小春はすぐに準備して応接室に駆けつけた。小春は急いで支度したため、化粧も薄く、髪も最低限結い上げているだけだった。その上由緒ある一族の娘とは思えないほど質素な着物を着ている。
そんな小春を見た辰彦と千代はため息をついた。
「小春、遅いじゃないか」
「全く愚鈍な娘なんですから」
「しかも何だ?その格好は」
部屋の中には椎原家本家だけでなく、分家の人達も全員集まっていた。いつもは広すぎるくらいの部屋なのに、十数人集まると手狭に感じる。
正直、この部屋の誰よりも小春は質素な格好をしていた。使用人と見間違えられそうなほどだ。
しかしこればかりは小春も言い訳させてほしい。
「一応、私が持っている物で一番良い着物を着てきました」
二年間着物なんて買ってもらってないのだ。しかももともと小春が持っていた一番高価な着物は今秋穂が着ている。
父親は眉間に皺を寄せ、舌打ちした。
「椎原家の面汚しが」
その言葉で部屋の椎原家の皆の視線が一斉に小春に集まった。冷ややかな視線に晒されて、小春は恥ずかしくて顔が熱くなった。
「もうよい」
辰彦の言葉に小春は目を瞬いた。
「お前は体調が悪いことにするから、さっさと部屋に篭れ」
「それが良いですわ」
さっきまで早く来いと罵っていた千代が手のひらを返したように頷く。
ーーこうなるんだったら最初から呼ばなければいいのに。
そう言ってやりたかったが言うのも面倒に思えた。母親である千代が血の繋がった娘である小春を一族の晒し物にして楽しんでいるように見えて悲しくなる。
小春は頭を下げて、逃げるように応接室を出た。
ーー早くあやかし達と喋って気楽になりたい……。
廊下では使用人達が慌ただしく準備している。使用人達が足早にお茶や茶菓子を次々と応接室に運び込んでいく。そんな使用人達の横を小春はゆっくり歩いていた。いつもは小春を見ると避けるように歩く使用人達だが、今はそんな暇もないらしい。
空気のような存在になってしまった小春は足音を立てず、静かに部屋へと向かっていった。
「すみません、この屋敷はとても広くて迷路のようですね」
「初めての方はよく迷われるんですよ」
小春の目の前からそんな会話が聞こえてきた。小春が顔を上げると、そこには辰彦の家令と、見た事もないような美しい男性がいた。
見慣れない金髪碧眼の若い男性に、小春は目を丸くした。
ーーすごい綺麗な人……。
この人がロイ=アスター伯爵。
秋穂が教えてくれた特徴から、小春はすぐに分かった。あまりの美貌に思わず不躾に見つめてしまった。そしてその視線に気がついたロイと目が合った。
その瞬間。
全身の血が沸き立つような感覚に襲われた。さっきまで冷たくなっていた体が一気に熱くなる。
ーー何?この感覚は?
小春は動揺した。しかし家令が小春を諭すように視線を送っていることに気がつき、慌てて頭を下げてその場から逃げ去った。
ーー私、どうしちゃったの?
振り返ってはいけない。この場から早く去らなくては。そうしなければロイにいつまでも見惚れてしまう。そんな気持ちで小春は急いで部屋へと戻って行った。
「どうされましたか?アスター伯爵様」
「いえ」
しかしロイは去っていく小春の背中をじっと見つめていた。
「ただちょっと妙な気配がしただけです」
「妙な気配……ですか?」
家令が思わず身構えた。必要以上に警戒した家令の様子にロイは少し疑問に思ったが、笑ってその場を誤魔化した。
「私の気のせいですね」
そう言って部屋に戻るよう促した。家令も胸を撫で下ろして案内してくれる。
ーーこの妙な胸騒ぎは、何だ?
しかしロイの頭の中は小春のことでいっぱいになっていた。
白い肌に黒い髪の美しい娘なのに、質素な身なりをしていたのが逆に印象に残ったせいかもしれない。
ーー先程の娘は椎原家の娘だな。
小春からは陰陽師としての才能をこの屋敷の誰よりも感じた。それに小春の気配の中にほんのりとあやかしの気配も紛れていた。それも一つだけではない。中には中級程度の強さを持つあやかしの気配もあった。
それだけで小春の実力を知るには充分だった。
ーー後で会えるか。
それほどの才能を持っているならばこれからの会合で会えるだろうと、ロイも深追いしなかった。
そして家令に案内された部屋の襖を開けた。
そこには頭を下げた十数人の椎原家の人間が頭を下げて待っていた。その中で一番前で頭を下げていた辰彦が話し始めた。
「ようこそおいでくださいました」
「頭をあげてください、椎原家当主殿」
辰彦は目を丸くして顔をあげた。
「日本語が達者なのですね」
「ええ。勉強しましたから」
言葉が通じないと思っていた辰彦は少し慌てた。
ーー外国の者が珍しいんだろうな。
この日本に来てからロイはそれを肌で感じる。鎖国していたというのだから仕方ないと思うが、こうも驚かれると珍獣にでもなった気分になる。
「そうでしたか。さすが伯爵様です。ささ、こちらにどうぞ」
ロイは勧められた上座に腰を下ろした。部屋の中には椎原家の人間が揃っているようだったが、その中に彼女ーー小春の姿はなかった。
ーーおかしいな。
そう思ったが、それ以上に熱い視線が気になってしまった。
秋穂だった。
うっとりした表情でロイをじっと見つめてくる。イギリスでも何度も向けられてきたが、秋穂の視線は特にしつこい印象を持った。その鬱陶しい視線にロイは舌打ちしたくなるのを堪えた。
「紹介します。こちらが私の妻です。そしてその隣が秋穂と言います」
「椎原秋穂と申します。よろしくお願いします」
「こちらこそ。可愛らしいお嬢様ですね」
「そんな可愛いだなんて」
社交辞令を本気で受け取ってしまったらしい。ロイはしまった、と思った。このタイプの女性はなかなか諦めてくれないので面倒なのだ。最初から期待させないのが一番なのだが、どうやら期待させてしまったらしい。
ーーそう言えば日本の女性にこういう社交辞令は通じないんだった。言葉選びを間違えた。
秋穂はうっとりした目でロイを見つめてくる。ロイは気付かないふりをしてやり過ごしながら、椎原家の他の人たちの紹介を聞いていた。
ーーやはり、さっきの娘がいない。
辰彦が「以上が椎原家一族でございます」と締め括った。しかし小春の姿が見当たらない。ロイはもう一度部屋を見渡し、確認した後、辰彦に尋ねた。
「椎原家のお嬢さんはもう一人いるのではありませんか?」
「え?」
辰彦は視線を泳がせた。あからさまな態度にロイは目を細めた。
ーーやはり。先程の娘は椎原家の娘か。
先程から椎原家はどうも隠し事があるように感じる。何を隠しているのかは分からないが、後ろ暗いことなのだろう、とロイは思った。
「い、いえ、あの娘は椎原家を継ぐ予定はありません。能力がないのです」
そうしてまた嘘を重ねる。
「そうなのですか?先程廊下で見かけましたが、充分素質があるようでしたよ?」
ロイはわざと驚いたふりをした。
「まさか由緒正しい椎原家のご当主様がそれを分からない訳ではありませんよね?」
「……実は具合が優れないので今日は下がらせているのです」
「そうですか」
辰彦は顔を赤くして俯いて言い訳を述べた。
ーーわざとらしい。
すぐ見破られるような嘘をつく辰彦を、ロイは軽蔑の目で見た。嘘もまともにつけないのに何かを隠そうとするなんてこれで当主が務まるのか、と心の底から疑問に思う。
ーーふ。私に嘘をつこうなど身の程知らずだな。
ロイは天使のような優しい笑顔を浮かべた。その笑顔に秋穂をはじめ、椎原家の女性達はほとんどロイの虜になってしまった。頬をほんのり紅潮させて瞳を潤ませ「はう」と吐息を漏らしている。
その魅惑的で刺激的な天使の笑顔に、辰彦は何か勘違いしたようで少し安堵の笑みをこぼした。
「それは心配ですね。良ければお見舞いさせてくれませんか?」
だがロイの口から出た言葉に辰彦は口をぽかんと開けた。訳がわからないと顔に書いている辰彦とは違い、隣に座る千代は気に食わないと言わんばかりに顔を歪めている。
「えっとぉ……」
辰彦は何と返していいのか迷い、言い淀んだ。そんな辰彦にロイは追い討ちをかけた。
「私はあのお嬢様に興味があるんです」
「し、しかし!さすがに伯爵様に娘のお見舞いまでしていただくわけにはいきません!」
「ではここへ呼んでもらえますか?」
ロイの笑顔に、今度こそ辰彦は断れなくなってしまったのだった。
「すみません」
「秋穂から聞いていたでしょう!なのにまだ準備がすんでいないなんて!」
修行から帰った小春を待っていたのはかんかんに起こった千代だった。秋穂からはついさっき事情を聞いたと言うのに。千代は小春の言い訳も聞かず、金切り声をあげている。
小春は口をつぐんで俯いていた。反論すれば余計説教の時間が長くなるので、黙っているのが一番なのだ。そんな何も言わない小春を千代は忌々しそうに睨みつけた。
「これだからお前は……」
そして大きなため息をついた。千代の後ろに控えている使用人も思わずクスリと笑った。
「もういいわ!早く準備して来なさい!」
言いたい事だけ言うと、千代はわざと小春にぶつかりながら去って行った。そんな千代の後ろ姿を見送る事もなく、小春は部屋に入って行った。
ーー準備しろ、と言われてもねえ。
箪笥をあけて着物を見るが、どの着物もほつれていてくすんだ色合いの物ばかりだ。この部屋に閉じ込められた際、必要最低限の着物しか持ち込まれなかったのだ。当然あれから二年新しい着物は買ってもらっていない。もともと持っていた高価な着物は今は秋穂が着ている。
小春はため息をつきながら、質素な中でも一番見栄えのする着物を手に取った。
あれから小春はすぐに準備して応接室に駆けつけた。小春は急いで支度したため、化粧も薄く、髪も最低限結い上げているだけだった。その上由緒ある一族の娘とは思えないほど質素な着物を着ている。
そんな小春を見た辰彦と千代はため息をついた。
「小春、遅いじゃないか」
「全く愚鈍な娘なんですから」
「しかも何だ?その格好は」
部屋の中には椎原家本家だけでなく、分家の人達も全員集まっていた。いつもは広すぎるくらいの部屋なのに、十数人集まると手狭に感じる。
正直、この部屋の誰よりも小春は質素な格好をしていた。使用人と見間違えられそうなほどだ。
しかしこればかりは小春も言い訳させてほしい。
「一応、私が持っている物で一番良い着物を着てきました」
二年間着物なんて買ってもらってないのだ。しかももともと小春が持っていた一番高価な着物は今秋穂が着ている。
父親は眉間に皺を寄せ、舌打ちした。
「椎原家の面汚しが」
その言葉で部屋の椎原家の皆の視線が一斉に小春に集まった。冷ややかな視線に晒されて、小春は恥ずかしくて顔が熱くなった。
「もうよい」
辰彦の言葉に小春は目を瞬いた。
「お前は体調が悪いことにするから、さっさと部屋に篭れ」
「それが良いですわ」
さっきまで早く来いと罵っていた千代が手のひらを返したように頷く。
ーーこうなるんだったら最初から呼ばなければいいのに。
そう言ってやりたかったが言うのも面倒に思えた。母親である千代が血の繋がった娘である小春を一族の晒し物にして楽しんでいるように見えて悲しくなる。
小春は頭を下げて、逃げるように応接室を出た。
ーー早くあやかし達と喋って気楽になりたい……。
廊下では使用人達が慌ただしく準備している。使用人達が足早にお茶や茶菓子を次々と応接室に運び込んでいく。そんな使用人達の横を小春はゆっくり歩いていた。いつもは小春を見ると避けるように歩く使用人達だが、今はそんな暇もないらしい。
空気のような存在になってしまった小春は足音を立てず、静かに部屋へと向かっていった。
「すみません、この屋敷はとても広くて迷路のようですね」
「初めての方はよく迷われるんですよ」
小春の目の前からそんな会話が聞こえてきた。小春が顔を上げると、そこには辰彦の家令と、見た事もないような美しい男性がいた。
見慣れない金髪碧眼の若い男性に、小春は目を丸くした。
ーーすごい綺麗な人……。
この人がロイ=アスター伯爵。
秋穂が教えてくれた特徴から、小春はすぐに分かった。あまりの美貌に思わず不躾に見つめてしまった。そしてその視線に気がついたロイと目が合った。
その瞬間。
全身の血が沸き立つような感覚に襲われた。さっきまで冷たくなっていた体が一気に熱くなる。
ーー何?この感覚は?
小春は動揺した。しかし家令が小春を諭すように視線を送っていることに気がつき、慌てて頭を下げてその場から逃げ去った。
ーー私、どうしちゃったの?
振り返ってはいけない。この場から早く去らなくては。そうしなければロイにいつまでも見惚れてしまう。そんな気持ちで小春は急いで部屋へと戻って行った。
「どうされましたか?アスター伯爵様」
「いえ」
しかしロイは去っていく小春の背中をじっと見つめていた。
「ただちょっと妙な気配がしただけです」
「妙な気配……ですか?」
家令が思わず身構えた。必要以上に警戒した家令の様子にロイは少し疑問に思ったが、笑ってその場を誤魔化した。
「私の気のせいですね」
そう言って部屋に戻るよう促した。家令も胸を撫で下ろして案内してくれる。
ーーこの妙な胸騒ぎは、何だ?
しかしロイの頭の中は小春のことでいっぱいになっていた。
白い肌に黒い髪の美しい娘なのに、質素な身なりをしていたのが逆に印象に残ったせいかもしれない。
ーー先程の娘は椎原家の娘だな。
小春からは陰陽師としての才能をこの屋敷の誰よりも感じた。それに小春の気配の中にほんのりとあやかしの気配も紛れていた。それも一つだけではない。中には中級程度の強さを持つあやかしの気配もあった。
それだけで小春の実力を知るには充分だった。
ーー後で会えるか。
それほどの才能を持っているならばこれからの会合で会えるだろうと、ロイも深追いしなかった。
そして家令に案内された部屋の襖を開けた。
そこには頭を下げた十数人の椎原家の人間が頭を下げて待っていた。その中で一番前で頭を下げていた辰彦が話し始めた。
「ようこそおいでくださいました」
「頭をあげてください、椎原家当主殿」
辰彦は目を丸くして顔をあげた。
「日本語が達者なのですね」
「ええ。勉強しましたから」
言葉が通じないと思っていた辰彦は少し慌てた。
ーー外国の者が珍しいんだろうな。
この日本に来てからロイはそれを肌で感じる。鎖国していたというのだから仕方ないと思うが、こうも驚かれると珍獣にでもなった気分になる。
「そうでしたか。さすが伯爵様です。ささ、こちらにどうぞ」
ロイは勧められた上座に腰を下ろした。部屋の中には椎原家の人間が揃っているようだったが、その中に彼女ーー小春の姿はなかった。
ーーおかしいな。
そう思ったが、それ以上に熱い視線が気になってしまった。
秋穂だった。
うっとりした表情でロイをじっと見つめてくる。イギリスでも何度も向けられてきたが、秋穂の視線は特にしつこい印象を持った。その鬱陶しい視線にロイは舌打ちしたくなるのを堪えた。
「紹介します。こちらが私の妻です。そしてその隣が秋穂と言います」
「椎原秋穂と申します。よろしくお願いします」
「こちらこそ。可愛らしいお嬢様ですね」
「そんな可愛いだなんて」
社交辞令を本気で受け取ってしまったらしい。ロイはしまった、と思った。このタイプの女性はなかなか諦めてくれないので面倒なのだ。最初から期待させないのが一番なのだが、どうやら期待させてしまったらしい。
ーーそう言えば日本の女性にこういう社交辞令は通じないんだった。言葉選びを間違えた。
秋穂はうっとりした目でロイを見つめてくる。ロイは気付かないふりをしてやり過ごしながら、椎原家の他の人たちの紹介を聞いていた。
ーーやはり、さっきの娘がいない。
辰彦が「以上が椎原家一族でございます」と締め括った。しかし小春の姿が見当たらない。ロイはもう一度部屋を見渡し、確認した後、辰彦に尋ねた。
「椎原家のお嬢さんはもう一人いるのではありませんか?」
「え?」
辰彦は視線を泳がせた。あからさまな態度にロイは目を細めた。
ーーやはり。先程の娘は椎原家の娘か。
先程から椎原家はどうも隠し事があるように感じる。何を隠しているのかは分からないが、後ろ暗いことなのだろう、とロイは思った。
「い、いえ、あの娘は椎原家を継ぐ予定はありません。能力がないのです」
そうしてまた嘘を重ねる。
「そうなのですか?先程廊下で見かけましたが、充分素質があるようでしたよ?」
ロイはわざと驚いたふりをした。
「まさか由緒正しい椎原家のご当主様がそれを分からない訳ではありませんよね?」
「……実は具合が優れないので今日は下がらせているのです」
「そうですか」
辰彦は顔を赤くして俯いて言い訳を述べた。
ーーわざとらしい。
すぐ見破られるような嘘をつく辰彦を、ロイは軽蔑の目で見た。嘘もまともにつけないのに何かを隠そうとするなんてこれで当主が務まるのか、と心の底から疑問に思う。
ーーふ。私に嘘をつこうなど身の程知らずだな。
ロイは天使のような優しい笑顔を浮かべた。その笑顔に秋穂をはじめ、椎原家の女性達はほとんどロイの虜になってしまった。頬をほんのり紅潮させて瞳を潤ませ「はう」と吐息を漏らしている。
その魅惑的で刺激的な天使の笑顔に、辰彦は何か勘違いしたようで少し安堵の笑みをこぼした。
「それは心配ですね。良ければお見舞いさせてくれませんか?」
だがロイの口から出た言葉に辰彦は口をぽかんと開けた。訳がわからないと顔に書いている辰彦とは違い、隣に座る千代は気に食わないと言わんばかりに顔を歪めている。
「えっとぉ……」
辰彦は何と返していいのか迷い、言い淀んだ。そんな辰彦にロイは追い討ちをかけた。
「私はあのお嬢様に興味があるんです」
「し、しかし!さすがに伯爵様に娘のお見舞いまでしていただくわけにはいきません!」
「ではここへ呼んでもらえますか?」
ロイの笑顔に、今度こそ辰彦は断れなくなってしまったのだった。


