その日の夜。
月明かりの下、小春は一枚の紙を眺めていた。
「小春、こんなところにいたら風邪ひくぞ」
「ロイ様」
もう皆寝静まっていたと思ったのに。まさかのロイの登場で小春は慌てた。ロイはブランケットを持ってきてくれたらしい。何も言わずに小春にブランケットをかけると、小春の横に腰を下ろした。
そして真剣な表情で小春に問いかけた。
「母親のことか?」
途端に小春の表情は暗くなった。
まさか母親の千代からあんな暴言を吐かれるとは思っていなかった。椎原家にいた頃は時間が経てば元の生活に戻れると思っていた。だが小春が望んだ元の生活さえ、千代にとっては苦しいものだったらしい。
「悲しかったですけど」
椎原家を出る時に「死ねばいい」と言われた。あの時から、もう元には戻らないと分かっていた。
小春は笑顔を作ってロイを見た。
「もう、両親から愛される事はないと、分かっていましたから」
だが心のどこかで「聞き間違いだ。あれは酒の勢いで言ってしまっただけだ」と言い訳してくれるだろうか、と期待していたのも事実だ。そんな小春の願いも叶うことはなかったのだが。
小春は自分の胸に手を当てた。
きっとこの傷が癒えることはないのだろう。
それでも小春は前を向いて生きていこうと思ったのだ。そう思ったのは、ロイがいてくれるからだった。
「あの、ロイ様」
「何だ?」
小春は持っていた紙を差し出した。
「私たちの契約は、どうなるのでしょう」
「それは契約書か?」
小春は頷いた。
ロイは紙を受け取り、内容を確認する。このアスター伯爵邸に来た初日に交わした契約だ。
ロイは何の迷いもなく契約書を破った。
ビリビリッと破かれていく音が静かな夜に響く。
「え」
小春は突然の事に目を丸くした。
「小春」
そしてロイの真剣な眼差しが小春を捕らえた。あまりに真っ直ぐで真剣な眼差しに、小春は目を逸らすことができない。
「俺は小春にそばにいてほしい」
真っ直ぐな言葉に小春の心は射抜かれた。
ーー私も、そばにいたい。
心の底からそう思った。
だが、ロイはいつかイギリスに帰る人。
その時が来たら、別れなければならないかもしれない。小春は不安で瞳を揺らしながら問いかけた。
「いつまで、でしょうか」
「いつまでも、だ」
ロイの答えに小春は目を丸くした。
「俺の命が尽きるまでずっと」
ロイの真っ直ぐな答えに小春は胸が熱くなった。
「ロイ様っ!」
小春はロイに抱きついた。
ロイがイギリスに帰ったら、そこで素敵な女性と本当の婚姻関係を結ぶ事になるのだろう。イギリスの貴族社会で生きるためには、日本と同じで政略結婚は免れられないはずだ。それが分かっていても、ロイの答えが嬉しかった。
その時が来たら、きっと小春はまた選択を迫られる。
ーー『運命の血』でも何でもいいから、そばにいさせてほしい。
その気持ちに嘘偽りはない。
「私、私の居場所はロイ様のそばです」
ロイに応えるように、小春も真っ直ぐロイを見つめた。
「私からもお願いです。どうか、ロイ様のそばにいさせてください」
「それはいつまで?」
悪戯っぽく首を傾げるロイに、小春は思わず笑った。その拍子にポロポロと涙がこぼれ落ちていく。
「勿論、私の命が尽きるまで、です」
小春の答えに、ロイは満足そうに頷いた。
「契約、成立だな」
そう言ってロイは小春の頬にキスをした。
誰も見ていない二人だけの契約。
その契約の証に、二人は惹かれ合うように唇を重ねたのだった。
月明かりの下、小春は一枚の紙を眺めていた。
「小春、こんなところにいたら風邪ひくぞ」
「ロイ様」
もう皆寝静まっていたと思ったのに。まさかのロイの登場で小春は慌てた。ロイはブランケットを持ってきてくれたらしい。何も言わずに小春にブランケットをかけると、小春の横に腰を下ろした。
そして真剣な表情で小春に問いかけた。
「母親のことか?」
途端に小春の表情は暗くなった。
まさか母親の千代からあんな暴言を吐かれるとは思っていなかった。椎原家にいた頃は時間が経てば元の生活に戻れると思っていた。だが小春が望んだ元の生活さえ、千代にとっては苦しいものだったらしい。
「悲しかったですけど」
椎原家を出る時に「死ねばいい」と言われた。あの時から、もう元には戻らないと分かっていた。
小春は笑顔を作ってロイを見た。
「もう、両親から愛される事はないと、分かっていましたから」
だが心のどこかで「聞き間違いだ。あれは酒の勢いで言ってしまっただけだ」と言い訳してくれるだろうか、と期待していたのも事実だ。そんな小春の願いも叶うことはなかったのだが。
小春は自分の胸に手を当てた。
きっとこの傷が癒えることはないのだろう。
それでも小春は前を向いて生きていこうと思ったのだ。そう思ったのは、ロイがいてくれるからだった。
「あの、ロイ様」
「何だ?」
小春は持っていた紙を差し出した。
「私たちの契約は、どうなるのでしょう」
「それは契約書か?」
小春は頷いた。
ロイは紙を受け取り、内容を確認する。このアスター伯爵邸に来た初日に交わした契約だ。
ロイは何の迷いもなく契約書を破った。
ビリビリッと破かれていく音が静かな夜に響く。
「え」
小春は突然の事に目を丸くした。
「小春」
そしてロイの真剣な眼差しが小春を捕らえた。あまりに真っ直ぐで真剣な眼差しに、小春は目を逸らすことができない。
「俺は小春にそばにいてほしい」
真っ直ぐな言葉に小春の心は射抜かれた。
ーー私も、そばにいたい。
心の底からそう思った。
だが、ロイはいつかイギリスに帰る人。
その時が来たら、別れなければならないかもしれない。小春は不安で瞳を揺らしながら問いかけた。
「いつまで、でしょうか」
「いつまでも、だ」
ロイの答えに小春は目を丸くした。
「俺の命が尽きるまでずっと」
ロイの真っ直ぐな答えに小春は胸が熱くなった。
「ロイ様っ!」
小春はロイに抱きついた。
ロイがイギリスに帰ったら、そこで素敵な女性と本当の婚姻関係を結ぶ事になるのだろう。イギリスの貴族社会で生きるためには、日本と同じで政略結婚は免れられないはずだ。それが分かっていても、ロイの答えが嬉しかった。
その時が来たら、きっと小春はまた選択を迫られる。
ーー『運命の血』でも何でもいいから、そばにいさせてほしい。
その気持ちに嘘偽りはない。
「私、私の居場所はロイ様のそばです」
ロイに応えるように、小春も真っ直ぐロイを見つめた。
「私からもお願いです。どうか、ロイ様のそばにいさせてください」
「それはいつまで?」
悪戯っぽく首を傾げるロイに、小春は思わず笑った。その拍子にポロポロと涙がこぼれ落ちていく。
「勿論、私の命が尽きるまで、です」
小春の答えに、ロイは満足そうに頷いた。
「契約、成立だな」
そう言ってロイは小春の頬にキスをした。
誰も見ていない二人だけの契約。
その契約の証に、二人は惹かれ合うように唇を重ねたのだった。


