契約花嫁は半吸血鬼伯爵に溺愛される。


ロイは破魔剣を取り出し、リカルドに矛先を向けた。剣がキラリと光り、リカルドに狙いを定めた。ロイの視線も鋭くリカルドを捕らえている。

「お前は必ず俺が倒す」
「威勢だけはいいね」

ロイとは反対に、リカルドは余裕のある笑みを浮かべていた。まるで幼子を相手する時のような態度は、ロイを刺激した。
 ロイは素早くリカルドに振りかかっていく。しかし剣を振りかざすもリカルドから優雅にかわされてしまう。むしろロイを翻弄して面白がっている様子さえも見られる。ロイはなかなか当たらない事に驚きつつも、冷静に次の手、次の手と考えているようだった。悲しい事は、いくら次の手を考えてもリカルドには通用しない事だった。
 このままではいけない、と小春は焦った。

ーーロイ様を助けなきゃっ!

何とかロイの手助けになろうと、小春はあやかしを呼び出そうとした。

ーーお願い!強いあやかし、ロイ様を助けて!

心の中でそう叫びながら「我が声に応えよ」と唱えた。しかし先ほど鬼を呼び出していた小春は、それ以上に強いあやかしを呼ぶほどの力は残っていなかった。どんどんと吸い取られていく力に眩暈を覚え、立っているだけでも必死だった。

「コオォォーーーン」

と鳴き叫びながら出てきたのは、二尾の妖狐だった。小春は息切れしながらも妖狐に指示を出す。

「お願い、ロイ様を助けて!」

妖狐は小春の言葉を聞くと、ゆらりとロイに姿を変えた。そして剣を振りかざしてリカルドに切り掛かる。
 飛びかかってくる妖狐をかわしながら、リカルドは満足そうな笑みを浮かべていた。

「嗚呼さすが小春だね。あやかし達がしっかり言う事を聞いてる」

本当にほしい、とねっとりしたリカルドの視線が雄弁に語っていた。鳥肌が立ちながらも、小春は負けるものかとリカルドを睨みつけた。
 リカルドはロイと妖狐を相手しながらも、まだ余裕があるようだった。

ーー吸血鬼って、こんなに強いの!?

悪鬼なんて比じゃないほど強い。一瞬でも隙を見せればやられてしまいそうだ。

「まずは一匹」

そう言ってリカルドはいとも簡単に妖狐を切りつけた。リカルドの鋭い爪が妖狐を容赦なく切り裂いた。妖狐は何が起こったのかも分からず目を瞬きながら、消えて行った。

ーーそんな……。

小春は目を丸くした。まさかこんなに簡単に妖狐がやられてしまうとは。改めて吸血鬼の恐ろしさを目の当たりにしてしまい、手足が震えた。

「小春の血を飲めば、君と同じ力が手に入るのかなあ」

リカルドはロイを軽くあしらいながらそう言った。小春を見るリカルドの視線に鳥肌が立つ。逃げ出したい気持ちを抑えながら、小春ははっきりと答えた。

「私の血は絶対に貴方にあげない」
「そう言っていられるのも今のうちだよ」

リカルドはロイが振りかざした破魔剣を素手で受け止めた。そして破魔剣ごとロイを吹き飛ばした。

「ふふ。ほおらね」

壁に打ち付けられたロイは力無くその場に倒れた。そんなロイの姿を見た小春は真っ青になった。

「ロイ様あっ!」

そう叫び、慌ててロイに駆け寄る。リカルドは駆け寄る小春を余裕の笑みで見守っていた。まるで最期の挨拶くらいさせてやろうというかのような、態度だ。
 倒れたロイを抱き上げるが、力無くだらんと腕が垂れた。その姿があまりにも衝撃的で小春の目には涙が溜まっていく。

ーー私……

自分にもっと力があれば、と思う。このままロイを失ってしまったら、と不安になる。

ーー私、また何もできなかったの……?

ロイを抱く腕に力がこもった。

ーー……嫌。

いつも気にかけてくれていたロイの笑顔が脳裏に浮かぶ。この人の隣に立つに相応しくなりたいと思った。家族に自分の十六年間を否定されようと、ロイと過ごした数ヶ月があったから、頑張ってこれた。
 ロイに出会えたからこそ、初めて自分で選んだのだ。それなのに、こんな事になるなんて。どんなに特別な血だと言われようが、ロイの力にならないなら、どうしようもない。

「ロイ様。嫌……」

 まだ置いていかないで。
 そばにいて。
 私、頑張るから。
 もっともっと、頑張るから。
 そう思い、小春は涙をこぼした。その涙は頬をつたい、ロイの口元に落ちて行った。
 小春の涙に気が付いたのか、ロイの口がピクリと動いた。

「ん」
「ロイ様!?」

小春は大きな声でロイに声をかけた。その度に小春の目からは涙がポロポロと溢れて落ちていく。
 ロイはゆっくりと瞼を開けた。

「小春……」

小さな声でそう呟いた。小春を安心させようとしてくれてあるのか、無理して笑顔を作ろうとしている。
 その瞬間、ロイは口元にあった小春の大粒の涙が口の中に流れた。思わずロイも涙を舐めとった。

「甘い」

ロイは小春の涙の甘さに目を丸くした。

「え。ロイ様?傷、治ってませんか?」

ロイはまだ気がついていないようだが、傷口は光りながらみるみるうちに塞がっていっていた。
 その様子を見たリカルドは面白そうに笑った。

「ふふっ、あははは!なんて事だい!半吸血鬼にとって小春は『運命の血』だったなんてね」
「『運命の血』……?」

小春は戸惑った。どこかで聞いたような言葉だが、ピンとこない。

ーー私は、ロイ様にとって何か特別な存在なの?

しかしまだ本調子ではないらしいロイは小春の腕の中でぐったりしている。

「いやあ、『運命の血』なんて初めて見たよ。凄いなあ」

リカルドはロイと小春をまじまじと見つめた。そして悪戯を思いついた子どものような笑顔を見せた。

「でもそんな相手を奪われたら、半吸血鬼はどうなるのかな」

そう言ってリカルドは容赦なく小春達に襲いかかってきた。あまりの速さに小春はあやかしを呼ぶ時間もなかった。
 気がつけば目の前にリカルドがいる。
 リカルドは小春に手を伸ばした。
 しかし、その手はロイに捕まれ、阻まれた。それはリカルドにとって予想外のことだったらしく、目を丸くした。

「なっ!」

ロイがリカルドの腕をギリギリと強く握りしめる。その力の強さはこれまでと比べものにならない。その変わり様に、リカルドも驚いたようだった。

「させない」

ロイの言葉にリカルドは焦りを感じた。そしてロイの腕を振り払い、距離を取った。
 ロイはそんなリカルドを許すまいと睨みつけながら叫んだ。

「俺の小春に触れるなっ!」

その迫力にリカルドに先程までの余裕さは残っていなかった。ただ悔しそうに下唇を噛み締めてロイを睨んでいる。
 ロイは庇う様に小春の前に立っていた。さっきまでの疲れや怪我も全く見られないロイの背中に、小春は何が起こっているのか頭がついてこない。

「小春、大丈夫か?」

ロイの声はいつも通り優しかった。そんなロイに安心したのか小春にも自然と笑顔が溢れた。

「はい!」

元気の良い小春の返事に、ロイは思わず「ふっ」と笑った。
 そして目の前のリカルドを見据えた。

「小春、リカルドの動きを止めたい。お願いできるか?」

小春は少し考えた。すでに鬼や妖狐を呼び出していて力はほとんど残っていない。動きを止めると言っても小さなあやかし達では太刀打ち出来ない。
 けれど、ここで「出来ない」なんて言いたくない。小春は唇をかみしめて、頷いた。

「少しの間だけなら、止められると思います」
「充分だ」

ロイが不敵に笑っていた。その笑顔を見るだけで、何故かなんでも出来そうな気がしてくる。
 小春は深呼吸して、人差し指と中指を立てた。

「我が声に応えよ」

小春がそう唱えると、今度は女郎蜘蛛が現れた。鬼や妖狐ほど強くはないが、リカルドの動きを止めるくらいならできるはずだ。しかし小春はもう立ち上がる力は残っていなかった。

「あの吸血鬼の動きを止めて」

小春の指示に女郎蜘蛛は静かに頷いた。そして蜘蛛の糸を吐き出し、リカルドに巻きつけていく。
 リカルドは目を丸くしつつも、まだ余裕だと思ったのか笑っていた。

「舐められているのかな。この程度の糸で僕の動きが止まると思うの?」

そう言って蜘蛛の糸を引きちぎろうとする。
 しかし、その余裕が仇となった。

「いや。充分だ」

リカルドの目の前には、いつの間にかロイがいた。まさかロイがこんなに早く動けるとは思わなかったリカルドは、完全に不意をつかれた。
 そうしてロイはリカルドを容赦なく破魔剣で貫いた。
 ロイの剣はリカルドの心臓をしっかりと貫いた。リカルドはしばらく刺された事に気が付かず、まじまじと自分に突き刺さった剣を見ていた。

「想定外だったなあ」

リカルドはニヤリと笑った。その口元からは血が滴り落ちている。ロイはリカルドきら剣を抜き取る。するとさらに血が吹き出して、リカルドは苦しそうに咳き込んだ。

「まさか僕が半吸血鬼にやられるなんてね」

そう言ってその場に座り込んだ。ばらばらになった白い蜘蛛の糸に、リカルドの血が落ちて赤く染まっていく。
 リカルドも流した血の量を見て、もう助からないと悟ったらしい。力無く笑っていた。
 そんなリカルドにロイはなおも剣の矛先を向けた。

「答えろ」

リカルドはゆっくりとロイを見上げた。

「お前は純潔の吸血鬼か?数年前、バンパイヤハンターと吸血鬼の夫婦を殺したか?」

リカルドは何を言われているのか分からなかった。少し考えた後、「ああ」と呟いた。

「なるほど。君は両親の仇を探してるんだね」

リカルドの言葉に、ロイは何も反応しなかった。しかしリカルドにはそれで充分だったらしい。

「残念だけど、僕じゃないね。純潔でもないし」

リカルドは正直に答えて、首を横に振った。リカルドの答えを聞いたロイは、破魔剣を下ろした。

「そうか」

その表情は少し苦しそうにも見えた。
 リカルドはそんなロイを面白そうに眺めた。

「ふふ。伝説の『運命の血』を見つけた半吸血鬼か」

ロイは何も答えなかった。
 リカルドの足元がサアと言う音を立てて崩れていく。残っているのは白い灰だけ。
 その様子に小春は目を丸くした。
 リカルドは自分の足元を見て残念そうに「あーあ」と呟いた。

「これから面白くなりそうだったのに、ここまでとはね」

リカルドはどんどん灰と化していき、いつの間にか下半身は全て灰になってしまっていた。
 小春は言葉も出ない。
 儚く崩れていくリカルドの姿に、ただただ驚くばかりである。

「地獄で見守っててあげるよ」

リカルドはそう言い残して、灰となって消えていったのだった。