秋穂は披露宴会場の控え室に小春を連れて行った。体調が悪くなった人が休むための部屋なので、使われない事も多く、人通りもほとんどない。
秋穂が扉を開けると、そこには椎原邸で襲ってきた吸血鬼リカルドの姿があった。そしてその隣には小春の母親・千代の姿もあった。
「やあ。久しぶりだね」
小春は答える事なく、リカルドを睨みつけた。
「まあまあそう構えないでよ」
優雅に構えるリカルドは、紅茶を一口すすった。早くロイ達に知らせねばと思うが、秋穂が小春の手をしっかり握っていて動けない。
リカルドは小春の手の切り傷をじっと見つめた。
「やっぱり君の血の香りは極上だね」
リカルドは興奮したのか、はあはあと息を荒くした。その様子はどんなに美男子といえど、気持ち悪く感じて鳥肌が立った。
しかしリカルドの発言に、千代は嫌そうに表情を歪めた。
「リカルド様。あの子の血は穢らわしいだけです」
「ふふ。吸血鬼にとってはそんな血さえもご馳走なんだよ」
千代は理解出来ないと首を横に振った。小春はいまだに状況が把握できないでいた。千代が協力者なのは間違いないのだが、その理由が全くわからない。
小春が混乱していると、隣にいた秋穂が食い気味に叫んだ。
「さあリカルド様!小春様の血を飲めば私を愛してくださるのですよね!」
「勿論だよ。今の僕に力がないばかりに秋穂には迷惑をかけているものね」
「そ、そんな事ありませんわ。これも愛のためですもの」
リカルドの魅惑的な笑顔に、秋穂はうっとりした。頬を赤くして、もじもじし始めた。そして恍惚とした表情で小春へと視線を移した。
「ねえ小春様、私たちの愛の深さが伝わりましたでしょう?私たちの愛のために犠牲になってくださいな」
「い、嫌よ」
狂っている、としか小春は思わなかった。小春の返事が気に食わなかった秋穂はみるみる顔を歪めた。
「まあ小春様ったら逆らうんですか?」
秋穂と小春はしばらく睨み合った。
「二人ともみっともないんだから」
「可愛いじゃないか」
千代は信じられないと首を横に振った。しかしリカルドは楽しそうに秋穂と小春を見守っていた。
みっともない、という言葉に秋穂は食ってかかった。
「奥様は黙っていてくださいな!あやかし嫌いのくせにリカルド様に取り入るなんて!」
「取り入るなんて人聞きの悪い。私はあの子がこの世からいなくなればそれでいいだけです」
そう言って千代は親の仇のように小春を睨みつけてきた。椎原家を出る時も「死ねばいい」と言われたが、千代からここまで憎まれていたとは思わなかった。
ーー嘘、でしょ?
諦めていたとは言え、さすがに小春はショックを隠せなかった。
そんな小春に追い討ちをかけるようにリカルドが話し始めた。
「小春、教えてあげようか。君の母親はね、君のことが憎くて憎くて仕方ないのさ。だから悪鬼を仕掛けたり、僕のしもべになったりしてきたのさ」
「え……?」
小春は信じられなかった。吸血鬼の件だけではなく、悪鬼の件から千代が関係していたなんて。
信じたくない事ばかりだ。
「小春の血が特殊だって教えてくれたのも彼女なんだよ。君の母親は君がこの世から消えてくれるなら、何でもするんだって」
リカルドは面白そうにそう語ってくれた。小春は嘘だと思いたかった。すがるような視線を千代に向けたが、千代は忌々しいと言わんばかりに小春を鋭く睨みつけていた。
その視線がリカルドの話が本当なのだと雄弁に語っていた。
「君の母親は小春に死んでほしい。僕は君の血がほしい。そして秋穂は小春に消えてほしい、そして僕からの愛情もほしい。三人の利害が一致したんだよ」
秋穂からも、まして母親の千代からもこれほど嫌われていようとは思わなかった。
ーー私、そんなに嫌われていたんだ。
どうしてここまで嫌われるのか小春には分からない。しかし共に過ごしてきた秋穂と千代から睨みつけられると、目の前の事実を受け入れざるを得なかった。
ーーダメダメ。ここで落ち込んだって仕方ない!
きっと以前の小春なら二人に睨まれて身体がすくみ、動けなくなっていたに違いない。
けれど今の小春は違う。
ーー私はロイ様のために動くのよ!
ロイと出会い、ロイと触れ合う中で、小春は自分の居場所を見つけたのだ。小春を憎み害しようとする相手に無理に好かれようとする必要もない。
小春は人差し指と中指を立てて、大きな声ではっきりと唱えた。
「我が声に応えよ」
いつものように睨めばビクビクすると思っていた秋穂は少し驚いた様子だった。千代も自分に逆らう小春を憎らしげに睨んだ。
それでも小春は怯まない。
全身全霊を込めて使役妖怪を呼び出した。
一匹は多狼だ。するりと出てきて、そのまま部屋の外に飛び出して行った。そしてもう一匹。小春の足元からずるりと手を伸ばして出てきた。
「鬼ですって?」
秋穂は忌々しそうに小春を睨みつけた。ここにきてなお、実力差を見せつけられて、劣等感を刺激される。小春はそんな秋穂に正面から向き合った。
「もう遠慮なんてしない。私は私の居場所を守るために戦うの」
今まで誰かの言う事に振り回されて生きてきた。
当主候補と言われて修行に励んだ。
修行に励んであやかしと仲良くなると母親から憎まれた。
実力がついてくると秋穂から嫉妬された。
そんな二人に唆されて一族から虐げられた。
そして捨てられるようにロイと契約結婚した。
いつだって小春は誰かの言う通り動いていた。
自分の居場所を守るためと思っていた。
けれど今は違う。
自分の意思でロイのそばにいたいと心の底から願っている。たとえかりそめだとしても、ロイが半吸血鬼だとしても、この気持ちは変わらない。
小春の真っ直ぐな目に秋穂は奥歯を噛み締めた。
「本当に生意気なこと。大人しくリカルド様に食われてしまえばいいものを」
そして秋穂が小春に飛び掛かろうとすると、鬼が秋穂を捕まえて放り投げた。さすがに鬼の力には耐えられなかったらしく、壁に叩きつけられた秋穂は苦しそうに悶えた。
「もう観念しなさい」
そう言って今度は千代が結界を張った。結界に閉じ込められた鬼は何度も叩き割ろうとしたが、壊れない。
ーーそういえばお母様は結界術の天才だと聞いた事があるわ。
陰陽師としての千代は、あやかしを呼ぶ事は出来なかったらしい。椎原家伝統の使役妖怪を扱えない事で苦労したと聞いた。だがその代わりに封印や結界を張る事を得意としていた。悪鬼の封印も父辰彦ではなく千代が点検して守っていたと聞く。
呼び出した鬼が封じられてしまい、小春は一歩後退りした。
「さあ私のために死になさい」
千代は眉間に皺を寄せたまま、小春に近づいて行った。その時、小さなあやかし達が駆けつけて、力を貸してくれた。
「シワシワ婆アカラ守レー!」
「寄ルナ!シワシワー!」
「きゃ!」
あやかし達は千代に飛びかかった。手足にまとわりついて、少しでも動きを止めようとしている。
しかし吸血鬼のしもべになった千代の力は凄まじかった。手足を振り回せば、力の弱いあやかし達はいとも簡単に振り払われていってしまう。
ーーこのままじゃ押し負けるっ!
小春は何とかしなければ、と頭を回転させる。しかしあちらにはまだ高みの見物をしているリカルドもいる。千代の結界術は厄介だが、ここはやはりもう一匹あやかしを呼ぶしかない、と思った時。
「アオーーーン!!」
「小春!」
多狼の鳴き声がして、扉が勢いよく開いた。多狼の後ろにはロイがいた。
「ロイ様!」
ロイの姿を見た時、小春は心の底から安心した。ロイは千代に駆け寄り、その勢いで殴り飛ばした。
千代は咄嗟のことで吹き飛ばされてしまった。
「やはりお前だったか」
ロイは千代を睨みつけた。千代は苦しそうにうずくまり、震えていた。しかし憎しみのこもった視線だけは小春に向けている。
そんな千代の横にリカルドが立つ。
「待っていたよ。さあおいでよ、半吸血鬼。夜の帝王である吸血鬼一族に、半端者が勝てるかな」
秋穂が扉を開けると、そこには椎原邸で襲ってきた吸血鬼リカルドの姿があった。そしてその隣には小春の母親・千代の姿もあった。
「やあ。久しぶりだね」
小春は答える事なく、リカルドを睨みつけた。
「まあまあそう構えないでよ」
優雅に構えるリカルドは、紅茶を一口すすった。早くロイ達に知らせねばと思うが、秋穂が小春の手をしっかり握っていて動けない。
リカルドは小春の手の切り傷をじっと見つめた。
「やっぱり君の血の香りは極上だね」
リカルドは興奮したのか、はあはあと息を荒くした。その様子はどんなに美男子といえど、気持ち悪く感じて鳥肌が立った。
しかしリカルドの発言に、千代は嫌そうに表情を歪めた。
「リカルド様。あの子の血は穢らわしいだけです」
「ふふ。吸血鬼にとってはそんな血さえもご馳走なんだよ」
千代は理解出来ないと首を横に振った。小春はいまだに状況が把握できないでいた。千代が協力者なのは間違いないのだが、その理由が全くわからない。
小春が混乱していると、隣にいた秋穂が食い気味に叫んだ。
「さあリカルド様!小春様の血を飲めば私を愛してくださるのですよね!」
「勿論だよ。今の僕に力がないばかりに秋穂には迷惑をかけているものね」
「そ、そんな事ありませんわ。これも愛のためですもの」
リカルドの魅惑的な笑顔に、秋穂はうっとりした。頬を赤くして、もじもじし始めた。そして恍惚とした表情で小春へと視線を移した。
「ねえ小春様、私たちの愛の深さが伝わりましたでしょう?私たちの愛のために犠牲になってくださいな」
「い、嫌よ」
狂っている、としか小春は思わなかった。小春の返事が気に食わなかった秋穂はみるみる顔を歪めた。
「まあ小春様ったら逆らうんですか?」
秋穂と小春はしばらく睨み合った。
「二人ともみっともないんだから」
「可愛いじゃないか」
千代は信じられないと首を横に振った。しかしリカルドは楽しそうに秋穂と小春を見守っていた。
みっともない、という言葉に秋穂は食ってかかった。
「奥様は黙っていてくださいな!あやかし嫌いのくせにリカルド様に取り入るなんて!」
「取り入るなんて人聞きの悪い。私はあの子がこの世からいなくなればそれでいいだけです」
そう言って千代は親の仇のように小春を睨みつけてきた。椎原家を出る時も「死ねばいい」と言われたが、千代からここまで憎まれていたとは思わなかった。
ーー嘘、でしょ?
諦めていたとは言え、さすがに小春はショックを隠せなかった。
そんな小春に追い討ちをかけるようにリカルドが話し始めた。
「小春、教えてあげようか。君の母親はね、君のことが憎くて憎くて仕方ないのさ。だから悪鬼を仕掛けたり、僕のしもべになったりしてきたのさ」
「え……?」
小春は信じられなかった。吸血鬼の件だけではなく、悪鬼の件から千代が関係していたなんて。
信じたくない事ばかりだ。
「小春の血が特殊だって教えてくれたのも彼女なんだよ。君の母親は君がこの世から消えてくれるなら、何でもするんだって」
リカルドは面白そうにそう語ってくれた。小春は嘘だと思いたかった。すがるような視線を千代に向けたが、千代は忌々しいと言わんばかりに小春を鋭く睨みつけていた。
その視線がリカルドの話が本当なのだと雄弁に語っていた。
「君の母親は小春に死んでほしい。僕は君の血がほしい。そして秋穂は小春に消えてほしい、そして僕からの愛情もほしい。三人の利害が一致したんだよ」
秋穂からも、まして母親の千代からもこれほど嫌われていようとは思わなかった。
ーー私、そんなに嫌われていたんだ。
どうしてここまで嫌われるのか小春には分からない。しかし共に過ごしてきた秋穂と千代から睨みつけられると、目の前の事実を受け入れざるを得なかった。
ーーダメダメ。ここで落ち込んだって仕方ない!
きっと以前の小春なら二人に睨まれて身体がすくみ、動けなくなっていたに違いない。
けれど今の小春は違う。
ーー私はロイ様のために動くのよ!
ロイと出会い、ロイと触れ合う中で、小春は自分の居場所を見つけたのだ。小春を憎み害しようとする相手に無理に好かれようとする必要もない。
小春は人差し指と中指を立てて、大きな声ではっきりと唱えた。
「我が声に応えよ」
いつものように睨めばビクビクすると思っていた秋穂は少し驚いた様子だった。千代も自分に逆らう小春を憎らしげに睨んだ。
それでも小春は怯まない。
全身全霊を込めて使役妖怪を呼び出した。
一匹は多狼だ。するりと出てきて、そのまま部屋の外に飛び出して行った。そしてもう一匹。小春の足元からずるりと手を伸ばして出てきた。
「鬼ですって?」
秋穂は忌々しそうに小春を睨みつけた。ここにきてなお、実力差を見せつけられて、劣等感を刺激される。小春はそんな秋穂に正面から向き合った。
「もう遠慮なんてしない。私は私の居場所を守るために戦うの」
今まで誰かの言う事に振り回されて生きてきた。
当主候補と言われて修行に励んだ。
修行に励んであやかしと仲良くなると母親から憎まれた。
実力がついてくると秋穂から嫉妬された。
そんな二人に唆されて一族から虐げられた。
そして捨てられるようにロイと契約結婚した。
いつだって小春は誰かの言う通り動いていた。
自分の居場所を守るためと思っていた。
けれど今は違う。
自分の意思でロイのそばにいたいと心の底から願っている。たとえかりそめだとしても、ロイが半吸血鬼だとしても、この気持ちは変わらない。
小春の真っ直ぐな目に秋穂は奥歯を噛み締めた。
「本当に生意気なこと。大人しくリカルド様に食われてしまえばいいものを」
そして秋穂が小春に飛び掛かろうとすると、鬼が秋穂を捕まえて放り投げた。さすがに鬼の力には耐えられなかったらしく、壁に叩きつけられた秋穂は苦しそうに悶えた。
「もう観念しなさい」
そう言って今度は千代が結界を張った。結界に閉じ込められた鬼は何度も叩き割ろうとしたが、壊れない。
ーーそういえばお母様は結界術の天才だと聞いた事があるわ。
陰陽師としての千代は、あやかしを呼ぶ事は出来なかったらしい。椎原家伝統の使役妖怪を扱えない事で苦労したと聞いた。だがその代わりに封印や結界を張る事を得意としていた。悪鬼の封印も父辰彦ではなく千代が点検して守っていたと聞く。
呼び出した鬼が封じられてしまい、小春は一歩後退りした。
「さあ私のために死になさい」
千代は眉間に皺を寄せたまま、小春に近づいて行った。その時、小さなあやかし達が駆けつけて、力を貸してくれた。
「シワシワ婆アカラ守レー!」
「寄ルナ!シワシワー!」
「きゃ!」
あやかし達は千代に飛びかかった。手足にまとわりついて、少しでも動きを止めようとしている。
しかし吸血鬼のしもべになった千代の力は凄まじかった。手足を振り回せば、力の弱いあやかし達はいとも簡単に振り払われていってしまう。
ーーこのままじゃ押し負けるっ!
小春は何とかしなければ、と頭を回転させる。しかしあちらにはまだ高みの見物をしているリカルドもいる。千代の結界術は厄介だが、ここはやはりもう一匹あやかしを呼ぶしかない、と思った時。
「アオーーーン!!」
「小春!」
多狼の鳴き声がして、扉が勢いよく開いた。多狼の後ろにはロイがいた。
「ロイ様!」
ロイの姿を見た時、小春は心の底から安心した。ロイは千代に駆け寄り、その勢いで殴り飛ばした。
千代は咄嗟のことで吹き飛ばされてしまった。
「やはりお前だったか」
ロイは千代を睨みつけた。千代は苦しそうにうずくまり、震えていた。しかし憎しみのこもった視線だけは小春に向けている。
そんな千代の横にリカルドが立つ。
「待っていたよ。さあおいでよ、半吸血鬼。夜の帝王である吸血鬼一族に、半端者が勝てるかな」


